sweet sugar sunset -3

 意識すると、初めて、視線の向かう先というものが分かる。
(また見てた)
 先日の違和感が拭い去れず、何となく、陽介の方に目を向けることが増えた様に思われた。休み時間にクラスメイトの男子と話している姿や、授業中のつまらなそうな顔、放課後の彼。
「じゃあな、陽介」
「おう、またな、月森」
(うれしそうにしちゃって)
 陽介が満面の笑みで以て月森に手を振る姿に、子犬の様な無邪気さが感じられる。一度背を向けた月森だが、直ぐに何かを思い出した様に振り返った。
「あ、そうだ。陽介、シュークリームあげるよ」
 そう言うと、手に持っていた白いビニール袋ごと、陽介に渡した。
「へ? なんで?」
「買ったから」
「あぁ、うん……?」
「いらない?」
 陽介はぶんぶんと首を横に振った。
「里中、昨日はごめんな。今日は陽介、持って行って良いから」
「持って――って」
 別にステーキ以外にはいらないので、持って行くと言う程のことでもない。しかし、千枝の言葉には特に何も言わず、月森はまたくるりと背を向けてしまった。じゃあねと簡単に別れの言葉を告げて、彼の背を追う陽介の方へと視線を移す。
「そんじゃ花村、ステーキ」
 手を出すジェスチャーをしたのは、今直ぐ出せという意味ではないが、ちゃんと渡して貰おう、という意味合いだ。雪子には今日はステーキだから、と話してある。既に彼女は下校していた。最近、家の方が忙しいらしい。放課後もゆっくりしてる暇がないとぼやいていた。
「しゃあねぇなぁ……ジュネスので我慢しろよ?」
「えー、ゴムみたいなの?」
「ゴムとかゆーなっつの!」
 噛み応えがあるので、顎は鍛えられるかも知れない。肉であれば、それ程、選り好みはしない方であるが、どうせなら高級なお肉が食べたいと思う。
「どうせ里中の舌じゃ変わんねぇ」
「おーい、花村ぁ! 今日愛家寄ってかねー?」
 背後から声がしたので振り返ると、クラスメイトが陽介に手を振っていた。
「ワリ、里中と用事あんだよ」
「んだよ、デートか?」
「ち、が、う、か、ら、ね」
 一音一音を強調して言うと、相手は怯んだ様に肩を揺らして、その後に笑い出した。
「前から行こうって誘ってんのに、付き合いワリィぞ」
「バイトとか忙しいんだって」
 千枝は肩を竦めた。全く、月森の時とは偉い違いだ。奢らせると言っておいて、自分で連れて行く月森も月森だとは思うのだが。
「ほら、行くぞ、里中」
 陽介が立ち上がったので、千枝も慌てて立ち上がる。
「あれ、いいの?」
「ステーキいらねぇの?」
 確かに今ここで陽介を逃せば、また今後も奢って貰えない可能性大である。残念そうにしている男も気にならないではないが、陽介が奢る気があるのであれば、気が変わらない内に奢って貰った方が良いだろう。
「あ、ポテトも追加ね」
「どんだけ食うんだよ!」
 ジュネスのポテトもパサパサしていて、実にファストフード的だと思う。陽介が好きだと言うワイルダックバーガーは沖奈に行かないと食べられないので、余り食べてはいないのだが、やはりこんな感じだ。
「……ねー花村」
 教室を出ると夕焼けが目に鮮やかだった。赤い色が陽介のハニーブラウンの髪を赤々と染める。透けて、色が綺麗だった。横顔も赤く照らされる。
(爽やかイケメン、か)
 黙っていればと言うか、口を閉じていれば、綺麗な顔。
「シュークリーム、食べないならちょうだい」
「は!? おま、バカなのか? どんだけ集る気だよ!」
 陽介は慌てた様にビニール袋を腕に抱え込んだ。そこまでの食い意地と思われては心外である。千枝はむっとして陽介とビニール袋を睨め付けた。
「違うわ。くれたら、ステーキは免除してもいいけどって意味」
 ちょっとした気紛れで呟いた。元々、シュークリームを食べられたことが発端となっているのだから、シュークリームを返してくれれば事足りる筈だ。そんなことにも気付かなかった訳ではないのだろうが、と、思う。じっと櫨色の目を覗き込んだら、パッと逸らされてしまった。
「いいよ、別に。奢るっつっただろ」
「金欠なんじゃないのぉ?」
「分かってんなら、ポテトはナシにしろ」
「あ、そこは別で」
 千枝がからりと笑うと、陽介は、ハイハイ、と苦笑した。
(……お人好し、なんだよね)
 ぎゃあぎゃあと言う割に、最終的には強く出たりしない。ましてお金を払わされることはなかった。クマの衣装の時だって、ステーキを奢って貰ったって。押しに弱いし、基本的に人が好くて、面倒見が良い。
 陽介はドジな方だし、バイクの免許を取るのも、バイクを購入するのも、正直に言って心配である。お金を貯めさせない理由の一端には、本気でそういう部分もあった。そんなものなくたって、別に良いんじゃないの、と思う。或いはそれは、八十稲羽から離れていきそうな危惧であるのかも知れない。危惧という語を考えて、何の危惧だろうか、と思う。
(シュークリームのことは、なんとなく分かった)
 少しだけ瞠目した。陽介はきっと、それと引き換えることはないだろうなと分かっていたのだ。では何故聞いたのかと問われると、確認的な意味合いが強かったのかも知れない。

 

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