女だったら、陽介と同性でなければ、好きだと苦もなく言えたのに。
(誰かに、盗られる位なら)
意識をなくした先で、夢と現を交互に繰り返した。そこで見た、同じ背格好の金色の瞳は、繰り返して月森に囁く。
『誰かに盗られる前に、いっそ、自分の手で――』
陽介は親友で相棒で、そうしていることが幸せな筈だと思った。それで満足すべきだ、と。だから、誘惑する様な言葉に抗った。違う。そんなことを望んでいるのではない。好きな人が幸せならば、それで報われる筈だ。大切な人を、自分の手で、等と馬鹿げている、と。初めに夢に見た時には否定することが容易だったその一線が、ほんの一瞬で砕けた。相棒、という一つの言葉に縋る惨めな自分を見て、月森の精神は俄に破綻したのだ。影がペルソナを喰い破る様にして出てきたのは、その為。内側で既に否定されていた影の暴走を止める術は、月森にもなかった。それを認めることは、隣にいる陽介に刃を向けることに他ならないから。けれど、心理の奥底にいたシャドウは、理性的な制止を嘲笑う様に、最初から陽介に牙を向いた。月森の本体には何の意味もないことを知っていた様に。
(でも、陽介は、俺には殺されない)
駆け付けた先で、イザナギが倒れているのを見て、安堵した。それと同時に、寂しくも思った。殺したいと願っても、それを実行することは叶わないのだ。それはとどのつまり、彼を手に入れる手段がないことの様に思えてならなかった。
「イザナギは、陽介を殺そうとした。お前を狙ってたんだ」
再びシャドウが出てきたら、今度こそ陽介を殺すのだろうか、と思った。きっと、疲弊した今の陽介でも、また、同じ様に撃退してくれるのだろう。それを見て、月森はまた、心臓から血を流すのだ。どうやったって手に入らない。
「それって……どういうことだよ」
陽介は察しの良い男だ。これだけ言えば、意図することに気付いてくれるのではないかと思った。はっきりと言いたくない。口にして振られてしまえばきっと、立ち直れないだろう。そうっと陽介の様子を窺い見ると、彼はじっと俯いていた。殺したかったのか、と小さく呟く。
「い、意味、分かるか?」
どうにも伝わっていない気がして慌てて言ってみても、陽介は下を向いたままだった。
「あのさ、陽介」
思わず頬に触れると、ビクッと身体が揺れた。そろそろと顔が上がり、視線がゆっくりとこちらを向く。不安気に揺れる櫨色の瞳からは、今にもあの日の様に涙が溢れてくるのではないかと思えて、ますます月森は慌てた。どうやら陽介の理解としては、殺したいと思う程に憎まれている、という状況らしい。
「天城越えの話、しただろ。その……歌詞、知ってるんだよな」
コクンと陽介は頷いた。しょげた動きが可愛らしくて、うっかり抱き締めてしまいそうになる。
「その……さっき、陽介が、もう相棒って言わないなんて言ったから」
今度は、ことりと首を傾げられた。一々、仕草が可愛い。距離が近過ぎて、余計に目眩がする。
「大した意味がなくっても、嘘でもずっと相棒だって言ってくれたら、耐えられた。それが奪われるのかと思ったら……抑えられなくなった。誰にも盗られたくないって。誰かに盗られる位ならいっそ、って。その感情を抑圧してたのが、さっきのシャドウの正体――」
「……え? それって、どういう」
「相棒って、呼んでくれ、陽介」