Just call your name -8

「機嫌直せって」
「良くもまぁ、あそこまで笑ってくれたな、陽介。もう菜々子はいないんだから、覚悟出来てるんだろうなぁ?」
 月森の部屋に入ったは良いが、相手はどうにもむくれている。あんまり笑ったので、流石にご機嫌斜めと言う所だ。頬を両手で引っ張られた。びよんびよんと伸ばされる。
「ひゃめろって、ひゅひもひ」
「何言ってるのか分かりませーん」
 缶はまだ手の中にある。中のジュースもそのままだ。飲む機会を失してしまった。
「ほんはん、ひゃらへぇほ?」
 月森はぐっと強く引っ張ると、アッシュグレイの瞳を真っ直ぐにこちらに向けた。
(睫毛なげー)
 陽介が月並みな感想を持ってまじまじと見詰めていると、大袈裟な溜息が吐かれる。
「それ、態とな訳?」
「はひが?」
 急に顔が近付いてきた。睫毛が触れそうな至近距離で視線が重なる。彼の瞳の中には、自分が映り込んでいる。そんな、当たり前なことをぼんやりと思った。あぁ、自分がこの瞳の前にいるのだな、と言う正確な現状認識。
 手が頬から離れた。
「キスしちゃうよ?」
 突如として紡がれた言葉が脳の回路を通常の伝達手段で持って伝わるよりも先に、反射的に身体が退いた。うわっと。
「お前、その手のネタ、多すぎ」
「陽介の動揺が楽しくて、夏」
「アホか! 夏ってなんだ!」
「さっきは間接キスしたのにね?」
 月森は手元の缶に視線を落とした。すっかり温くなったリボンナポリン。
「お前、男同士でそういうの、言わなくね?」
「陽介ってさ、都会育ちって言う割に、擦れてないよねぇ。どうやって生まれてきて成長してんの? 俺、向こうじゃ回し飲みとかってしたことないんだけど。なんかあっちって変に潔癖なとこない?」
「……そら、遠回しに俺が田舎者だって言いたいのか?」
 確かに、陽介が住んでいたのは首都ではない。関東地方であり、ここからすれば歴とした都会であることは間違いないのだが、所謂ベッドタウンで育ったのである。月森はどうやら、完全に生まれも育ちも日本の首都であるらしい。
「変に潔癖ってのは、同意だけどな。こっちじゃフツーみたいだぜ?」
「えっ……陽介も、洗礼を受けた、みたいな?」
「洗礼って大袈裟な。ちげぇけど、うちのフードコート見てっと、そんなもん」
「あぁ、成程ね。ふぅん、でも、そっか」
「も、いいだろ。モンハンやろうぜ」
 冗談に疲れてきたので首を振ると、月森も軽く頷いた。
「やっぱさぁ、一人、弓かボウガンにしない? 前衛同士って絶対やりにくい。陽介、俺の女房役やってよ」
「そら野球だろ! だから、新しい武器に慣れんのも作んのも面倒だっつの。俺は二刀流なの! 見れば分かるだろ!」
「戦闘スタイルとゲームは別物だろ。俺は太刀使ってるんだし。ほら、俺はさ、リーダーだろ? そんで、陽介は参謀。的確な指示を与える参謀には、後衛のが向いてるって俺は思うんだ。そうだろ? 頼りにしてるんだからさ、相棒」
「ずっり」
「ハイ決定。大丈夫、素材集めも一緒にやるんだから。難なら、俺も片手剣に変えてやっても良いし」
「イチからやり直しすんの?」
「それも良いじゃん。夏休みはまだ始まったばっかりなんだから」
「モンハン漬けするつもりかよ!」
「宿題は見てあげる」
「うわお! 魅力的な提案!」
 学年主席が宿題を見てくれるとあっては、捗りそうだ。それは是非、お願いしたい。
「アーユーオーケー?」
「お前、ホント、狡いよなぁ」
 参謀だ相棒だ頼りにしているだとか言われたら、弱いのだ。その響きに負けてしまう。月森が嘘でも本心でも、特別に扱ってくれているのを見ると、応えずにはいられない。成程、犬っぽいと言うのは頷ける。
(自分で納得とか)
 陽介は内心で打ち拉がれたものの、彼のサポートを後ろからするのも悪くないかも知れない、と思った。そう思わされているのだ、としても。
 持ってきた赤のPSPをテーブルの上に出す。月森は黒だった。こんな所でまで色彩感覚の差が顕著に出てくるらしい。スリープ状態を解除して画面を表示させる。月森は電源を落としていたらしく、起動画面にロゴが表示されていた。
「新しい武器使ってみたいなぁ。なんだっけ、3で追加されたヤツ」
「知らね。ちょい待って、先に最初のクエストで練習させて」
「良いじゃん。ぶっつけ本番の方が楽しいよ」
「無駄に男前だな!」
「勇気のある方です」
 なんて笑いながら、月森はロゴが出てきた辺りで○ボタンを連打している。連打しても早くオープニング画面が出てくる訳でもあるまい、妙な行動がたまに目立って面白いなと思った。
「陽介」
「なに? 弓とボウガンどっちのがいいんだ? なんか、弓なりの軌道って掴めねぇんだよな……ボウガンにすっか。ライトとヘビーって、サポートなら軽い方が向いてんの?」
「俺、邪魔とかになってない?」
 月森は膝を抱えるようにして持ったPSPの画面をぼうっと見ている。指は止まっていた。
「動きいいから別に。ってか、お前がいつも言ってんだろ、『ウロチョロしないでくれる』って」
「チガウ」
「んじゃなに?」
「貴重な夏休みを浪費させてしまっていませんかってこと」
「いきなりなに言ってんの、お前」
 バカじゃねぇの、と言うと月森はパッとこちらを振り向いた。
「馬鹿かな」
「うん、大馬鹿」
 再び視線が画面に戻る。kousukeと付けられた彼のハンターがくるくると画面で動き回っていた。
「……ガンランス使ってみようかな」
「いやそれは止めとけよ。なにそのチャレンジ精神」
「陽介はさ、基本、動きが早いからライトボウガンだと思うんだよね。一撃が重いってのは、多分、不向き」
「戦闘スタイルと関係ないって言ってたのはどちらさんだよ」
「ほら騙されたと思ってここは一つ」
「騙すなよ」
 両の肩を上げたが、月森の言葉が鶴の一声となった形で、結局陽介はライトボウガンを選んだ。本当に後で騙されたと思わなければ良いのだが。

 

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