Just call your name -6

「だから、必殺技はロマンだって」
 フードコートの安いプラスチックテーブルを叩いて腕組みすると、月森は首を傾げた。テレビの事件は解決に向かっている所為か、語る時にも重苦しい空気は消えていた。ダンジョン内での出来事やら何やらを話している内に、月森のワイルドと呼ばれる多数のペルソナを所持する能力の話に至り、そういうスペシャルな能力は羨むべきことだ、と陽介が訴えたのである。スキルは色々と使えるが、それは汎用的な能力でしかない。彼の多数所持するペルソナの幾つかもガルを使用出来るし、あまつ、シャドウの方も同じ能力が使えるのだ。
「マハガルじゃダメなの?」
「ダメダメ! 俺だけの必殺技ってのがいんだよ。ティロ・フィナーレみたいな」
「……陽介、それ」
「なに、お前も知ってた?」
「まぁ、有名だったし。普段はあんまりアニメとか見ないんだけど、アレはね」
 ちょっと前に世間を騒がせた魔法少女アニメのことだ。陽介も全て通しで見た訳ではないのだが、それなりにネットなんかでは騒がれていたので、ちらりと見ている。月森が見ているのは意外だったが、大人でも楽しめるとか雑誌に書いてあったのも見たし、何だかんだで興味を惹かれるのかも知れない。
「そっちじゃテレビだろ。こっちはネット配信」
「あー、成程。八十稲羽に映るのかなって、今思ったトコだった。やっぱりね。俺は最終話辺りはリアルタイムで見てたクチ」
「俺よかちゃんと見てるんじゃね? ちなみに誰派よ」
「誰派って?」
「五人も魔法少女が揃い踏みなんだから、分かんだろ」
「あぁ、そういう……陽介はそういうのある訳?」
「そりゃあ、男は黙ってマミさんだろ」
 件のティロ・フィナーレ少女である。中学生にしては豊満なボディに大注目だ。しかも格好が微妙にイメクラちっくな所がある気がする。ニーハイにブーツはやはりクるものがあった。月森は「陽介らしい」と笑う。
「お前こそどうなんだよ」
「中学生は、ナイ」
「そういう話か! 俺だってねぇっつの。こういうのは、恋愛的にってモンじゃねぇだろ。好みだよ、こ、の、み。ほれ吐け」
 冷静に首を振っていた月森は、突き付けられた人差し指に「行儀ワル」と言いながら、少し天を仰いだ。それから数秒の間。
「だったら、さやか、かな」
 ショートカットのボーイッシュな少女だ。意外だな、と思う。
「ボーイッシュなのが好みなのか? もっとこう、清楚なのかと思ってた。清楚ってキャラいねぇけど……まどかとか王道主人公みたいな。カッコならほむらとか」
「顔の好みって言うよりもさ、何か、見てられないって言うか……ほら、あの幼馴染との件が」
「ほっとけないってか? へぇ、献身的なのに弱い訳ね。なるほど」
「かも。それ、痛感してる」
「痛感? なに、気になるヤツでもいんの?」
「そういう訳じゃないけどさ」
 月森は決まり悪そうに箸を卵焼きに伸ばした。甘めに作られている卵焼きは、陽介が最初に食べて美味しいと絶賛したものでもある。以来、毎度の様に見掛ける気がするが、卵料理のレパートリーなど、やはり卵焼き位だからだろう。
 学校では一つの弁当を二人で分けていた。流石に、二人分用意してきたことはない。陽介が持ってきたパンやジュネスの惣菜や弁当なんかと分けて食べているのだ。今日は、弁当箱が二つ。元々、ここで二人で食べようと思ったのならば、正しい行動だろう。陽介は自分の弁当箱のコロッケに箸を入れた。
「結ばれない悲恋っていうの? 何か、見てられないんだよね」
「自分と重ねてるとか?」
「俺じゃないけど」
 と言うことは、やはり誰かと重ねている節があるということだろうか。陽介の知る限りにおいては、月森の周辺にそういう相手は見られない気がするのだが。重ねて問おうと口を開くより先に、月森の方から言葉が飛んできた。
「それより陽介、里中とはどうなんだよ」
「うおわっ、なんだよ、またその話か?」
 聞かれると、何となしに動揺してしまう。何せ、進展も何もありやしないのだ。だって関係は偽装。
(つかコイツの反応が予想外だったんだよな)
 月森は、恋愛トークに余り食いついて来ない。だから、興味を持たれないだろうと思ったのだ。追及されても、言い様がないし困ってしまう。こんなことなら、もう少し千枝と相談しておくべきだったと後悔した。月森はアッシュグレイの瞳で真剣にじっとこちらを見ている。この瞳にはどうにも抗い難いと言う意味で、少し、苦手だ。
「どうもねぇよ。昨日今日で変わるかっての」
 結局適当に言葉を濁す他ない。
(ま、バレたら、そん時はそん時ってことで)
 どうせ騙したい対象は月森ではないのだ。一瞬、彼には本当のことを言ってやろうかと思った。ダメだ、と千枝の声が聞こえる。月森には絶対にバラすべきではない。あぁ本当に千枝は、月森が好きなのではないだろうかと。
「そうか。陽介って、結構古風だもんな」
「古風ってどゆこと?」
「そのまんま。……陽介、なぁ、付き合ってて、楽しい?」
 陽介はきょとんとした。
(楽しい?)
 分類するとそういう感情になるのが、恋人だと言うことだろうか。敵を欺くにはまず味方から。千枝が言った言葉がもう一度、頭を過る。これは彼女に付き合った演技なのだ。本当にそうかどうかではない。見合った言辞が求められる。
 陽介は一つ息を吸い込んだ。
「楽しい、と思う」
「そっ……か。……良かったな、陽介。彼女、欲しかったんだろ?」
 正しい答えを選んだ筈なのに、何かを間違った様な気がした。陽介はこくんと小さく頷く。彼女が欲しかった、と言うのは多分、間違いない。残念ながら、その願いは叶っていないことになるが。
「ところで陽介、木曜はバイトないんだったよな? ウチ来ない?」
「おう、いいぜ! ってかそのつもりだった。今度こそモンハンしようぜ」
「待ってる」
 月森は笑った。
「菜々子ちゃんは?」
「いるよ。お兄ちゃんたちの邪魔したくないから、って、遊びに出るかもだけど」
「邪魔とかねぇだろ。難だったら、皆で遊べるように人生ゲームでも持ってくか?」
「あ、それは良いかも。多分、その内友達が遊びに来るだろうし、それまでは一緒にやろうか」
「了解。んじゃ、ポケット版でいいよな? 持ってくから」
「有難う、陽介。いつも気にしてくれて」
「菜々子ちゃんは俺の妹でもある」
 胸を張って言うと、柳眉が顔の真ん中に寄った。
「それは……菜々子は俺の妹だし」
「マジにとるなよな、お兄ちゃん」
「あ、それ良い」
「? いいってなにが」
「こっちの話。もう休憩終わるんじゃない? 早く食べなよ」
「やっべー! ダベってたら忘れてた」
 慌てて白米を掻っ込むと、月森はその様子をじっと眺めていた。慌てて人が食べる様子が楽しいのだろうか。うっすらと口の端に笑みが浮かんでいる。ちょっと悪趣味だ。
「ほういやさ……お前って趣味ねぇの?」
「何、急に」
「さっき気になったから」
「趣味……うーん、何だろ。俺は、陽介と会うのが趣味っぽいかも」
 にこり、と月森は暢気な笑みを浮かべる。
「へ? お前、ホント、変人だな?」
「うん。ま、そういう訳だからさ、俺の趣味に付き合ってくれると助かるんだ」
「なんだ、暇潰しの口実か。へいへい、可哀想な親友の為に、時間割いてやりますか」
「陽介は優しいな。有難う」
「おう! なんせ、心の友だからな」
「だな」
 あははっと二人で揃って笑った。

私はマミさん派

 

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