耳にたこが出来る程に聞きなれた、店内を満たす明るい音楽。白色蛍光灯は目に痛い。陽介は運んでいた段ボール箱を台車に乗せると、ふうと一息吐いた。今日もジュネスは賑わっている。夏休みともなれば、行き場のない学生の遊び場として、また、子供連れの家族で、溢れ返る。だから、大型スーパーが作られるのだ。娯楽のない田舎だからこそ。
(ま、都会でも似たトコあったけどな)
郊外へでも出向く価値がある。安いし何でも揃っている。商店街の不況は、陽介から言わせて貰えば、自分たちの怠慢でもあるのだ。何もせずともに近くの顧客が得られる場所。条件は明らかにあちらの方が上。それなのに負けるのは、とか、そんなことを陽介が言っても仕方はないが。
この所、月森らと過ごしていることもあるのか、余りとやかく言われなくなった気はする。そもそも商店街には余り足を向けないから、と言われたらオシマイだが。陽介はガラガラと台車を押していく。小さい子に気をつけながら、重い台車を運ぶのは至極面倒だった。それでも、レジ打ちしているよりは、面倒は少ない。
「陽介、お疲れ様」
ポンと肩を叩かれたので振り返れば、月森がいつものクールな表情で立っている。
「来てたのか」
「うん。暇だし。暇ついでにお弁当を作ってきちゃったんだよね。お昼一緒に食べない?」
「サンキュー! ジュネスの弁当、もう飽きてんだ」
「休憩いつから?」
「えーっと、多分、あと、30分くらいだな。どこで待ってる?」
「フードコートにいるよ」
「分かった。んじゃ、後で」
暇だから弁当とは、相変わらずだなと思った。最初に学校に弁当を持参した時も、食材が色々あったし暇だったから、と言っていたのだ。ある意味、料理は趣味に近いのかも知れない。そういえば月森の趣味とは何だろうか。余り細かく聞いたことはない。覚えていたら、後で聞いておくか、と思った。今は台車が先決だ。
「……あれ、花村君?」
聞き知った声に、再び身体がストップする。
「天城まで、どうしたんだ?」
「までって?」
「いや、さっき月森――もしかして、一緒に来てたとかか?」
と、言ってみて、即座に脳が否定した。暇だからジュネスに来た男に、デートのお相手がいたらおかしい。それに、弁当を共にと誘うこともない筈だ。
「ふうん、月森君も来てたんだ。やっぱり、ね」
「やっぱり? あ、もしかして、天城も知ってんのか?」
月森が、死ぬ程暇してるってこと。皆まで言わなかったが、天城は不思議そうに首を傾げた。態度で、何それ知らない、と言い出しそうなことが分かったので、敢えて友人の可哀想な夏を話さないでおくことにする。
「バイト、お疲れ様。お互い、家のことあると大変だよね」
「や、天城ほどじゃねぇけど……今日はなんか買い物?」
「うん。最近、千枝と料理の練習しようって話してて」
「うえっ!? どど、どういう……」
「花村君、失礼だよ」
売り場の空気が一気に凍った。絶対零度のお姫様ならぬ女王様の貫禄だ。ブフーラは千枝の専売特許ではなかっただろうか、と身の毛もよだつ思いになる。
しかし林間学校での地獄を見て以降、陽介は千枝と雪子の料理の腕だけは絶対に信用しないことにしている。本気で食べられたものではなかったのだ。後で月森が、材料の段階でヤバかったと言っていたので、ちゃんと止めろよと文句を言ったものである。月森は料理が出来る癖に、何故二人の暴走を許したのだ。水着姿が見られたにしても、あれは悲惨だった。
加えて、オムライスである。
陽介は金輪際、女子の手料理を望むまいと心に誓った。食べるなら月森の料理の方が百倍良い。
「ま、まぁ、頑張ってくれよな」
完二をして不毛な味と言わしめる雪子の料理がどの様に上達するのかは、分からない。
「呼び止めてごめんね」
「や、別に。あ、ってか天城、ちょっといいか?」
丁度良かったので、気になっていたことを話しておくか、と陽介は思った。場所はアレだが、直ぐそこに従業員扉があるような場所では、それ程、人目にはつかないだろう。
「何?」
「里中のことだけど」
「千枝? あ、付き合ってるって……」
「知ってんだろ、嘘だって」
「! え、な、何かな?」
「やっぱりな。天城が俺に怒んねぇ時点でバレバレだっつの。お前ら――ってか、特に天城が、だと思うけど、誰かに取られたくないって思ってねぇ?」
陽介は男だから、女子の心情は分からない。二人きりでずっといる、と言うのは男なら異常でも、女子ならば普通。千枝と雪子はその典型例だと予予思っていた。
「俺なんかとくっついて、天城が認める訳ねぇって、最初っから思ってたんだよ。ま、アギダインされるよかマシだけど」
「……花村君て」
「なに?」
「鈍感なんだなーって思ってたんだけど」
「はぁ?」
俺は天城が天然だなって思ってますけど。なんて言う勇気は陽介にはなかったのだが。
「本当に、鈍感?」
「意味が分かりません、天城サン」
「何で分かったのってこと」
「なんでーって……お前ら見てりゃ、分かんだろ」
「口ぶりで分かったよ。……私が千枝のこと、好きだってことまで分かってるんでしょ」
女の子ならベタベタした友情は普通。
(まぁ、なんでもいいと思うんだけどな)
しかし、雪子は友情以上に千枝のことを想っているのだ。何せ心の声が王子様だと言っている。彼女はどこかで千枝を、自分の王子様だと思っているのだ。それは、連れ出してくれないから違うと言う呪縛を解き放って尚更に強くなっている。千枝が彼女を守りたいと願えば願う程に、恐らく募るのだ。それは彼女の口から語られたものではない為に陽介の推測だが、彼女の強い瞳を見れば、真実、そうだと分かる。
「自分からカミングアウトするとまでは思ってなかった」
言い難いことであったに違いない。それでもどうしてこのタイミングで、と言うのはきっと、例の件に決着がついたからではないだろうか。千枝が陽介を頼ったように、月森が、特別という言葉の意味を再確認したように。宙に浮いたこのタイミングで。
「気持ち悪い?」
「なにが? あー、完二ん時のこと? 俺、別に、男同士とかどうだとかが気持ち悪いなんて言ってないじゃん。無理矢理は嫌だけど」
差別や偏見は良くないだろう。未だにあのダンジョンは苦手だが。
「そっか。成程」
「それに、女の子同士ーってちょっとイイかも……って、そんな目で見ないで! 怖いから!」
クールビューティー雪子の刺すような視線は、リアルに怖い。陽介は慌ててわたわたと手を振って冗談だとアピールをした。男なら女二人の艶かしい何とか、にちょっと興味を持っても良いと思うのだが、少なくとも雪子には冗談でも通じない様である。
暫しじっと睨みつけられたが、雪子はふうと息を吐いた。冗談だからと見逃して貰えたらしい。
「良かった」
今度は、彼女は歳相応の笑みを浮かべた。そうしていれば、天城越えなどと言われずに済むのに、と思う。月森も似た所はあるが。
良かったと彼女は言うが、陽介が彼女らを気にしていないこと位、雪子には分かっているように思えていた。そうすると、どうしてそんなに安堵したような表情を浮かべるのだろうか、と、少し思う。
「引き止めちゃって、ごめんね。後、有難う」
「いえいえ。んじゃまたな」
雪子は小さく頷いた。二人きりで話したのなんて、そう言えば初めてではないだろうか、と後から思った。