Just call your name -11

「いやー、やっぱ、持つべきもんは友達ってな!」
 ジュネスのエプロンを友人に渡しながら、陽介は晴れやかに笑顔を浮かべた。
「まぁ、良いんだけど……千枝、先に誘ったんだってね」
 対して友人は、じろりと睨むような視線を向ける。整った顔からの冷たい視線は、何度見ても威圧感があった。
「う、なんか怒ってんのか? その、ワリィとは思ってるぜ、急に呼び出して……」
 幾ら暇を持て余しているとは言え、夏休み真っ只中にバイトを頼むのは流石に迷惑だったのだろうか。頼んだら直ぐに頷いてくれたので、少々勘違いしていたかも知れない。陽介が少し俯くと、月森の掌が頭頂に触れた。ひょいと顔を上げると、穏やかな表情に変わっている。
「違う。俺が暇なのは陽介も知ってるだろ、バイトなんて寧ろ、有難い。でも、知ってるなら一番で呼んでくれて良いんじゃないかな、と」
「? なにむくれてんだ?」
 首を傾げるとと、月森はスイと視線を逸らした。
「あ、いや、別に。俺より恋人といたかったのかな、と……まぁ、当然なんだろうけど」
「ぶっ、お前、その反応可笑しいぜ? 里中は『彼女にんなこと頼むな!』ってお怒りだったぜーってか、お前に里中いんの話したっけ?」
「だったら、誘わなければ良かったのに」
 ぼそりと言われた声が聞き取れなかったので首を傾げる。え、と間抜けな声で聞き返した。
「何でも。それと、逆だから。バイトの話は、そもそも里中から先に聞いてたんだよ。陽介が泣きついてくるだろうからって」
「泣きつ……おい、里中ぁ!」
 背後にいた筈の栗毛の少女は、行方をくらましていた。大方、クマとでも喋っているのだろう。二人は主にフードコート等での接客。そして月森と陽介は、品出しがメインになっていた。力がいる場所だし、そもそも販売経験のない月森をレジに出すことが出来ない為だ。傍にいれば、フォローもし易いし。
「んじゃ、聞いてたからか、お前が二つ返事で了解してくれたのって」
 ありがとな、と笑うと、月森もにこりと微笑んだ。
「バイト代、期待してるから」
「ちゃっかりしてるな、お前も。安心しろよ、親父に色付けとけって言ってある」
 突然頼んで快諾して貰ったのだ、当然のことだろう。金に困っている様には見えないが、貰える物はきちんと貰うからこそ、なのかも知れない。期末試験でも、出来が良かったから叔父に小遣いを貰った、と上機嫌でご飯を奢ってくれたこともあるのだ。
「りせと完二は補習だってな」
「陽介はギリセーフ?」
「ギリって言うな。まぁ、事実だけど……」
 学年主席様の前で格好つけても仕方がない。陽介が肩を竦めると、ぽんぽんと軽く背中を叩かれた。次もまた勉強見てあげるから、と月森は笑顔を浮かべる。
「夏休みの宿題に試験勉強に――って、カテキョみてぇだな。恩に着ます、センセイ」
「あははっ、陽介くんは話をちゃんと聞いてくれますし、飲み込みも早いので、優秀な生徒さんですねぇ。真面目に授業聞いてれば、ちゃんと理解出来てると思うんだけど、寝てるのが悪いんじゃないかな」
「なんっか授業って眠くなんだよな」
 特に関係ない話がちょいちょい混ざってくる八十神高校の教師陣の授業は、途中で退屈になってしまう。エジプト人の青いラインなんて、心底どうでも良かったし。
 それに、教師が悪いと言うのでもないが、そもそも月森の教え方が上手だから、理解出来ると言う節があると思うのだ。全く、センセイ様様だ。
「……お礼はいつもフードコートってんじゃ、芸がねぇか。そだ、沖奈辺りでも出っか?」
 男二人で淋しいかも知れないけど、と片目を瞑って言うと、月森は明るい表情になった。
「良いね。俺も映画、見たいなぁ」
「彼女でも作って行けば良いだろ。非生産的だぜ、男同士で、とか」
「そうでもない。今やってるので見たいのあったんだ。陽介の奢りで行こうよ」
「お前がいいってんなら、それでもいいけど」
 やった、と月森は右手でガッツポーズを作った。お金があるのに、ロハで映画が見られるのはそれ程に嬉しいことなのだろうか。この男の反応は、何度見ても読めない。
「ヨースケ、あっちで呼んでるクマー、ってセンセイ! おはようクマ!」
「あぁ、そろそろ行くか」
 月森は律儀におはよう、とクマに少し頭を下げて挨拶をしている。ジュネスのお世辞にもオシャレとは言い難いエプロンをつけても、月森はバッチリ決まっていた。何を着せても着こなしてしまいそうだ。これでも、ジュネスでは、顔が良いからとパートのおばさんにはちやほやされてきた方なのだが、月森相手では敵いそうにない。けれど寧ろ、それは誇らしい位のことだ。
 内と外とが在る。線引き、境界線。例えば八十神高校は、「うちの高校」で、八十稲羽市は「うちの町」に当たるのだと言うように、自分の人格ボーダーの内部に取り入れられている概念。海外では、「うちの大学」とは言わないのだとか聞いたこともある。それに同じく、自称特別捜査隊の面々は「自分の仲間」で、月森は、こちら側の人間なのだ。陽介の内にいる。身内とは少し違うが、褒められたら、自分と同じく嬉しいと言うこと。
「陽介、後ろ、解けてきてる」
 月森がすっとオレンジ色のエプロンの紐を取った。そのまま結んでくれるらしいので、大人しく従うことにする。
「ワリ、サンキュ」
「……ジュネス、今みたいに忙しいことって、良くあるの?」
「まぁまぁ。今日のは、イレギュラーっつか、……後で愚痴ってもいい?」
 案の定の仮病による病欠だと言うことは、見え見えだった。その穴を埋める為に奔走した陽介の苦労も、二人には考えて欲しい。
「良いよ。幾らでもどうぞ」
「へへっ、ホント、サンキュ」
 どういたしまして、と月森は微笑んで、リボンに結び終えたらしい腰の辺りをポンと叩いた。
「でも言っただろ、趣味だって」
 月森は、陽介の癖を真似るように、腕組みした。前に語っていたことを思い出して、陽介は思わず吹き出す。
「お前、そのネタ引きずるな……」
「引き摺りますとも? さて、今日のお仕事は何ですか、陽介くん?」
「品出しです、我が親友」
「力仕事だなぁ。よし、気合入れていこう!」
 またガッツポーズを決めた親友に、やっぱり頼もしいなと思った。

 

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