雨が続いた真夜中のテレビに、久保美津雄の姿は現れなかった。当然だろう。
「ちっと拍子抜けした、けどな」
一応携帯電話は手に収めてある。何かあったら、月森に連絡しようと思っていたのだ。無駄に終わったのは寧ろ、歓迎すべきことで。
明日は千枝と約束をしている。早めに寝た方が、と思うけれど、目は冴えていた。ぼんやりと窓の方へと足が向く。ふらふらと。雨だから星も月も見えては来ない。それでも目を凝らしていると、手の中から軽快なメロディが響いた。視線を携帯の画面に向けると、着信が来ている。
「月森? どうかしたか?」
何気なく電話に出て、もしや、彼のテレビでは異変が起こっていたのだろうかと思って慌てた。
「まさかっ、なんか映って……」
『や、ごめん。そういうのはない』
「なんだよ、脅かすなよな」
『何も映らなかったよなって、ちょっと確認したくてさ。ほら、いつも何か映ると、陽介、俺に電話くれるし、なかったからだよなって思って』
自分の言葉の中で完結しているではないか。陽介は返答せずに少し肩を上げた。もう一度窓の外を見る。降り続いた雨が、白く煙るように視界を遮っている。
『あー……ごめん。無駄な会話させた』
「謝ることでもなくね」
『今、平気? もう寝るなら切るけど』
「眠気ねぇなぁって思ってたトコ。ナイスタイミングだぜ、親友」
『それは良かった。なぁ、陽介、もうこれで終わりなんだよな。何だろ、まだ、何か実感なくて。久保って、あんなヤツが何人も何人もテレビに人を放り込んでたとか、やっぱり、分かんないんだ』
「俺も、分かんねぇよ、そんなん」
『ちょっと明日さ、テレビに行かないか? 確認したいって言うか……別に、戦闘する訳じゃないから、二人で見るだけ、なんだけど。駄目かな?』
「明日? あーワリィ、先約があったわ」
『えっ……あ、里中?』
「ベタだけど、映画でも見に行こうぜって」
基本的には友人よりも偽の恋人を優先するつもりはなかったが、流石にデート的なものよりも優先するのは悪いだろう。それに、テレビには結局何も映っていないのだし、何もない筈だ。月森のは単なる心配に過ぎない。
『あぁ……うん、そう、か。や、ごめん、何か』
「なに謝ってんだよ? 明後日なら、平気だけど」
『良い、や。うん。ごめん、何かナーバスなのかも』
「見た目に反して?」
『あー、クールなって奴? 誤解も誤解、甚だしいな。それ言うなら陽介だって、黙ってたら線の細い感じするのに』
「そう……か……?」
微妙に同意しかねる発言である。
『陽介、デート、楽しんでおいで』
「おう?」
『明後日はさ、ウチに来ない? テレビは良いや。宿題やろう。里中とバトってるんだろ?』
「そだな。へへっ、頼むぜ、センセ!」
『任せて。じゃ、おやすみ、陽介』
「おう、おやすみ」
ぷつっと電話を切って、窓の外にまた目を凝らす。見えてこないだろうか。吊り上げられた死体が。亡骸が。シャドウに食われた本物が。
(成り代わるって、言ってたな、シャドウ)
今では己を守る鎧、半身となったジライヤ――今はスサノオに転生したけれども。思えば、転生したということの意味も掴めない。月森と共に過ごし、時には泣き、殴り合いまでして、何か大切な事が分かった様な気がした。思ったよりもシンプルで、一つの線引きが行われた瞬間に、ジライヤはスサノオに変わった。苦手だと思っていた雷も怖くなくなって。
「つか、雷苦手とか、ないよな」
実は天候的にも雷が苦手だったりする。イザナギが容赦なくジオを連発したと聞いた時、月森はサディストなのだなとちょっぴり思った。「や、だって、怯ませないと怖いだろ。俺、一人だったんだから。陽介は御眠してた訳だし」とは後の談である。信じない訳ではないが、傍で容赦なく雷撃を扱うのを見て、あまつこちらに笑みの一つも浮かべるのだから、若干、その気はありそうだ。
影を見られた時、月森は何も言わなかった。皆そんなもんだろ、とフォローにも思える言葉を一言だけ言って、それから、あぁ良かったと笑ったのだ。陽介も戦えるのなら、本当に良かったと。月森がそう言ってくれたことが純粋に嬉しかった。隣に立っていられることを、純粋に幸せだと感じた。肩を並べていたい、対等で、特別でありたい。スサノオはそう願った陽介の力の発露だ。そういう存在。
「お前も、俺を取って喰いたいとか思ってるなよな?」
内に住む仮面に向かって呟いて、あぁその言い方は微妙だな、と思った。喰われる意味が、違ってしまいそうだ。
影の中で小西早紀の『本物』となったシャドウが今も蠢いているのではないだろうか、と、不意に思った。