果たして公子はやはり昨日までと変わらずにそこにいた。崖の淵にいる訳でもないのに、座って、足をブラブラとさせている。その下に落下したら死ぬのだろうかと思ったが、彼女はそもそも、そういった概念の外側にいるのだ。溶けて落ちたとしても、また翌日には、ここで微笑んでいるのかも知れない。
「真実を知ることが出来る人間は、限られている。私がそうであったり、月森クンが、そうだったり」
「俺には、無理なんだ?」
陽介は彼女の様にしたくなかったので、隣に体育座りの形で座った。公子は真っ直ぐ前を見たまま、指先を伸ばす。
「多分、ね。でもそれは、落胆することじゃないよ。知って得することでもないと思うし。少なくとも、私は」
公子は目を伏せた。ちり、と焼け落ちた後悔の灰がそこには見えた様に思える。彼女だって、死にたくて死んだ訳ではない。知りたくて、知った訳でもないのだ。けれど一切を、するりと呼吸一つで振り切って、公子は微笑んでいた。
彼女の伸ばした指の先、爪には紅いネイルが塗ってある。それが、生きている刻印の様にも見えた。
「多くの人は、知ることなく終わる。生命の根源なんて、知っても何も起こらない。追い求めても、狂人が生み出されるばっかり。ハナくんも、月森クンも、知らない方が、良いんだと思う」
「でも、マヨナカテレビのことは、別だろ。俺ら、巻き込まれてんだから」
公子の言う通り、生命の云々には興味がない。哲学者でもないし、そんなもの、探し求めていないのだ。けれど、マヨナカテレビのことは違う。陽介が、月森が、突如として巻き込まれ、命の危険にまで晒されたそれに、興味が及ばない筈もない。
解決した、と思っていたのだ。真犯人は見つかって、街を覆う霧は晴れた。以降、奇妙な誘拐事件も、無論、殺人事件も起こっていない。事件は解決した。直斗もそう言っていたし、月森も今度こそはと言った。事件としては、恐らく本当に、収束している。
「公子さんが言いたいのが、マヨナカテレビのできたわけだとしたら、それ無視して、なんてできねぇよ」
公子は黙り、虚空を見詰めた。
「テレビん中は、昔と変わったってクマは言ってた。そうしたのが誰かなら、俺たちは多分、知らないといけない」
「知ったら、後戻りはできないとしても?」
「……月森は、知ることを望むよ」
誰よりも真摯に、真実に向き合っていた。これでいいや、と彼が思ったなら、事件はもっと前に幕を引いていたのだろう。生田目を犯人として。誰もがそれで良いと思ってしまっていた。絵に描いた様な、人生の転落。落伍者の起こす犯罪。説明のつく状況証拠。それで満足していた。犯人に復讐したいと思った陽介ですら、その先の真実よりも、目先に向けられる矛先を選んだ。そんな中で、唯一人、月森は違っていた。どれだけの憤怒と哀惜を心に抱いても、冷静に真実を追い求めていた。月森ならば、きっと、その先にあるのが、或いは公子の様な事態だとしても、変わらない。きっと、恐れずに手を伸ばすのだろうと思う。真実を求めて。
「どうして、俺んとこに来たんだ?」
本人に直接、告げることも、公子ならば不可能ではない筈だ。彼女の海は、単一の意識に拠るものではない。月森の夢に現れることも不可能ではないだろう。もしかしたら、自分の他に、月森にもコンタクトを取ったのではないか、と、昨日の時点で考え、陽介も月森に探りを入れてみていた。夢を見たりしないか、と。月森は否と答えた。夢は見ない方だから、と。
「彼の、意識の底に沈殿している――一番深くにあったのが、君だったから」
「……そ、そう……」
月森から愛を告白されているとは言え、改めて第三者からその様に指摘されると、戸惑ってしまう。
(ハズい……)
陽介が気恥ずかしさから、頭をガシガシと掻いているのを気にも留めず、公子はのんびりと言葉を続ける。
「だから、助けられるなら、君だと思ったんだ。君なら、彼を助けられるんじゃないかなって」
(あれ?)
「彼に、私と同じ道を辿って欲しくないから」
(なんか、違和感――)
それが何かを突き止めるよりも前に、また意識が融和していく。この覚醒するまでの瞬間、浮遊感こそが、彼女の存在する全てなのではないかと思った。
*
情報は数少ない。マヨナカテレビと言う呼称、テレビを介して到達する、精神世界の様な場所、シャドウという不可解な存在。
(影は俺らを食って、……現実世界に、捨ててる)
遺棄されるということを、目で見た訳ではないが、遺体の状況からするに、テレビから出したのは、入れた人間ではないのだろう。排出された(と呼ぶのは甚だしく遺憾ではあるにせよ)際の座標点が偶々、それであった。
(待てよ。じゃあ、テレビが媒介になって外に出てるわけじゃねぇのか?)
元々、影世界に入るには、テレビを媒介とする必要がある。これは、共通認識だ。月森、生田目、足立、何れの手にしても、テレビへと人間は侵入する。出る時は基本的に、クマの出した出口から。出口はテレビの形をしているが、これさえあれば、クマがいなくとも、外に出ることは可能だ。陽介達は、ジュネスのテレビから入る点の位置に、それを配置してある。そことそこは、同じく点で結ばれ、出てきた時にも同じ場所に出現する。即ち、介在する物によってではなく、物理的な場所によって、点と点は特定されるということになるのだろう。外に放り出される際の点とは何か。どこか。今まで考えたことはなかったが、思えば、それですら知らない。手段は知った。殺されるメカニズムと犯人も分かる。けれど、その後の処理の一つすら知らないのだ。
陽介は自宅のテレビに触れた。ペルソナが現出して以降、月森の力に依らずとも、陽介も他の仲間も、独力でテレビの中に入ることが可能になっている。テレビに手を差し込めば、どこかには通ずるだろう。しかし、それが『どこか』は分からない。手が通り抜けたのを確認し、陽介は顔を突っ込んだ。独りで何かあったらと思うことはないでもないが、後ろから押す愚か者もおるまい。目を閉じたまま通過し、突き抜けた先で目を開いた。
「なんだ、ここ……」
そこは、部屋だった。酷く閉鎖的で、色のない空間。山野真由美の部屋の様に、猟奇的な危険性は感じないが、これはこれでぞっとしない、空々しくも寒い部屋だった。蔓延するのは孤独だ。それなのに、どこか見覚えがある様で、陽介はじっと目を凝らした。少なくとも、自分の部屋ではない。孤独、と思い浮かべて、過去の自分を不意に過ぎらせたが、陽介とは無関係であるらしい。陽介は自分で考えるのも難ではあるが、基本的には人に囲まれている性質である。しかし、その心に孤独がなかったと言えば、嘘になる。クラスで笑っていても、田舎から都会へと下ったという感情はどこかにあった。モロキンではないが、落ち武者だと思っていたのだ。そういう過去の自分なら、鬱屈した孤独をこういった部屋に心象として抱いたとしても不思議はない。けれど、やはりそこは陽介の部屋ではなかった。それなのに、知っていると思う。
少し考えて、陽介はそこから身体を外に戻した。特に呼気に問題があった筈はないのだが、息苦しかった様に思える。部屋に戻って、げほげほと何回か噎せる様に呼吸を繰り返した。
どことは知らないが、繋がっているらしい。クマの話では確か、そこに『映っている』時は、その場所に優先的に座標点が合わされるということらしい。マヨナカテレビに、雪子姫の城が映っていれば、そこに繋がる。それが最優先順位で、普段使っているジュネスのテレビについても、マヨナカテレビが映っている時であれば、そちらに飛ばされるとのことである。それ以外では、どこかと繋がっているが、その場所は必ず、自分達が知っている場所ではない。もしかしたら、上下左右の別なく、繋がる場所が、唯、繋がっているのかも知れない。それならば、向こうから飛ばされて、あの死体の様な状況になったとしても頷ける。
(や、そんだと結局、出てくる場所には『テレビ』なしってことになるか)
若しくは、テレビを介することなく、外と内を繋ぐ点があるのだろうか。入る時はテレビを用い、出る時も、クマの出したテレビを用いていたが、それ自体ミスリーディングだったのかも知れない。そもそもあの中は、『テレビの中』ではないのだ、厳密に言えば。陽介も良く知っている通り、今の薄型テレビには空洞と呼べる様な場所すらない。中に入ることは不可能だ。
検討結果が芳しくないので、陽介はベッドにごろりと転がった。分かったことと言えば、結局何も分からないでいる、という一点のみだ。
「ヨースケー、お風呂沸いたクマよー」
バタバタと階下から足音が上ってくる。声を上げた数秒には部屋に飛び込んでくるのだから、クマの脚力も中々侮れない。
「およ? なにしてるクマ? もう寝るクマ?」
「そういうわけじゃねぇけど……」
クマはバスタオルとパジャマを既に用意してある。陽介を呼びに来ただけの様だ。
「ほら、早く入るっクマよー!」
「へいへい……」
水道代の節約だとか、まだ未だこちら慣れしていないクマを放置出来ないとか、そういった理由でクマと入浴を共にさせられているのは、陽介からすれば、面倒この上ないことである。弟の様なものだと割り切れば良いのだろうが、中々、感情的に納得出来ていない。クマもクマで、独りで入るよりは二人の方が楽しいとか、そういう、大雑把な思考をしているので、文句が出てこなかった。
「クマ、そういや、影世界って、今、どうなってんだ?」
何となく、先程までの思考の延長で、陽介は尋ねた。
「どうって、どうもなってないクマ。迂闊に足を踏み入れると、シャドウがぎゃーって襲い掛かってくるクマ!」
「うるせっ」
ぎゃーっを大袈裟に言ったクマに、今の時間を考えろと教育指導的に拳を落とした。
「……昔は、シャドウなんていなかったって、そういや言ってたよな?」
殴られた頭を摩り、涙目のクマが首を捻った。
「昔のことは、忘れたクマ」
「んなに、昔でもねぇだろ」
「クマは今が大事ー! こうやって外に出て来られて、クマはもう、昔と違うクマ」
腕を組んで、ふんっとクマは鼻を鳴らした。確かに、あちらで独りで過ごしていた頃に比べれば、クマは多くの経験を積んだ。それはきっと、掛け替えのない物なのだろう。独りでいた過去等、塗り潰してしまいたい、と望む程には。けれど、クマはどれだけこちらにいようとも、テレビの向こうを忘れた訳ではない。時折、感じるのだ。ジュネスの家電売り場にぼんやりと佇む姿を見ていす姿に、陽介の部屋の点灯していないテレビをじっと見詰めている時等に、痛切に思う。自分達にとっての非日常が、彼の日常であったのだということ。
「静かな場所だったクマよ。なーんもないけど、怖いこともない」
金髪碧眼の少年の姿をしたクマ、熊田は、そうぽつりと言って、立ち上がった。
*
「つまり、公子さんは、俺らが諦めないってこと、知ってたんだろ」
違和感の正体に漸く気付いた陽介が問い詰める様に言えば、公子はカラカラと笑っている。
「だから、知ってるんだって」
最初から彼女は言っている。この世界で起こる全てを知っている、と。そうであれば、陽介や月森の選択も知っているのだ。知った上で、敢えて、忠告している。
「でも、言わないよりは、言う方がいいでしょ? 真実からは手を引くことを私は推奨するけれど、そもそも、それで拘束することはできないから」
「だから、最初から俺にだけ、近付いたってことか」
追及するつもりで腕組みしている陽介を見ても、公子は表情を変えない。或いは、それは彼女の元々の気質である様にも思えた。怖じることなく、唯、水の様に凪いでいる人。会ったことのない、知らない人であるにも拘らず、そう思った。
「私が最初に知った通りにのみ、世界が動く訳ではない。私の視える世界には、月森クンは、遠からず消えてしまうけれど、それを呼び戻すことができる人がいるのだとしたら、きっと、ハナくんだよ」
「公子さん、アンタ、何者なんだ?」
違和感はもう一つ。公子は自分を、何者でもないと表現していた。意識と無意識の境目の海の様な存在だと。個としての意思がない、と。生きていた頃の記憶も残存しないのだとすれば“『私』と同じ道”は存在しない筈だ。
「分からない。『私』は、何者だったんだろう……呼んでくれた人だって、いたはずなのにね」
公子は少し寂しげに目を伏せた。
「なにも、分かんねぇのか?」
物憂げな表情を見ていられず、陽介は隣に腰を下ろして聴取を始めた。彼女が何者か、それはこちらも知りたいことではある。マヨナカテレビには関わらないかも知れないが、言うなれば、個人的な興味として。
公子は目を伏せて、思案顔を見せた。それから、うーん、と呟き、頭を左右に揺らす。それがぴたりと止まると、紅い瞳を開きながら、ぽつりと微かに呟いた。
「いわとだい」
「へ?」
「たつみ、ぽーと、あいらんど」
「辰巳ポートアイランド……? ってことは、さっきの、巌戸台か!?」
カチリ、と何かがハマった音がした。
「そうだ、どっかで見たと思ったら、修学旅行か――! 公子さん、その制服、多分、あそこだ! えーと……月光館学園!」
呆けた紅い目が、陽介を見たまま、瞬きをした。
「ゲッコウカンガクエン」
それは意味を成さない様な言葉の羅列だった。彼女にとっては、無意味な記号でしかないかの様に。
「……聞き覚え、ある、かも」
都会的な、お洒落な制服。男子制服は胸元でリボンが揺れていた。そして女子の制服。うろ覚えではあったが、眼鏡の美人な生徒会長が着ていたのは、公子と同じ物だった筈だ。
「そこの生徒だった、とかかなぁ」
公子はまだぼんやりと呟く。
「それがわかりゃ、上等だ!」
陽介は、まだ事態の飲み込めていない公子に、ウインクをして見せた。
(アンタの正体、俺が見つけてきてやるぜ)
*
決断すれば、早かった。冬休みにバイトに駆り出された分、蓄えが残っている。何せ、クマですら電車で行くことが出来る場所なのだ、陽介に行けない道理がない。今日日インターネットで調べれば、駅の経由も電車の乗換も、不安はなかった。一日で行くのは大変だが、朝一で出発すれば、終電までには何とか戻って来られそうである。折角、あの辰巳ポートアイランドに行くのに、一日では強行軍だが、流石にホテル代までどうにか出来る程の余剰金はないので、致し方がない。バイトもないので、決行は日曜日。
「辰巳ポートアイランドって、なんかあんのかね」
もしもバレた時に備えて、手土産の一つ二つは用意しておこうと思うのだが、修学旅行で行った際にも、土産らしき物は余りなかった。元々、観光都市ではないのだ。都会であるというだけ。そういえば修学旅行では、ラブホテル崩れに泊まらせられて、同室の月森と微妙な雰囲気のまま就寝したという有難くない思い出が残っていた。
「花村先輩、辰巳ポートアイランドがどうしたの?」
「わっ、りせ!」
窓開けてて寒くないの、と言いながら、後ろから覗き込んできたのは、元アイドル。相変わらず、大きい瞳がチャーミングで、アイドルに復帰すればまた、人気をかっさらっていくだろうこと請け合いだった。そんな彼女は、今現在、月森に熱を上げている訳なのだが。
件の君は、今日は日直で、日誌を私に職員室に向かっていった。一緒に帰ろうと言われたので待っているのだが、教室でぼんやり座っているのも難なので、廊下で窓の外を見ていたのだ。運動部が寒い中、走り込みなんてしていて、元気だなと思う。
「さみぃけど、換気だよ」
指先が冷えてきたので窓を閉めて、背中を壁に当てると、りせも同じ様に壁に背を当てて、横に並んだ。黙っていれば、と言われる陽介に、キュートな外見のりせが佇む姿は、様々な意味でもって、目を惹きそうだとも思えた。ジュネスの御曹司にアイドル。口さがない噂は陽介に限らない。柏木女史に限らず、りせも裏では相当言われているのだろう。そういった苦労はおくびにも出さないというだけで。そんな二人が、じっと壁に背を預けて、天井なんかに視線を向けている。
「花村先輩、冷え性なんでしょ? 先輩が言ってたよ」
りせが目の前にいる相手以外で、苗字や名前を付けずに『先輩』と呼ぶ場合、想定しているのは月森だ。彼女的な親愛の情なのだろう、と陽介は思っている。遠慮なく抱き着くかと思えば、名前で呼ぶまでの接近は見せない。線引きがどこかには存在するのだろう。
「先輩の話って、花村先輩のことばっかだよね。妬けちゃうなぁ」
「妬くもなにもなくね?」
ぼやくと「花村先輩、ずるーい」とちょっぴり恨めしげな視線が向けられる。
「それで、辰巳ポートアイランドがどうしたの?」
「あー、まぁ、りせになら話しても平気か。ちょっと用事があって、日曜日に行こうと思ってんだ。んで、なんか土産とかあるかなぁと」
「用事って、ナンパかなにか?」
「りせ……お前な……」
「じょーだんだよっ! もしかして、月森先輩も行くの?」
りせは腰を曲げて、上目遣いになる様な角度で陽介の方を見た。期待している眼差しだ。
「いんや。俺、独り」
寧ろ、月森には知られない様にしたいと思っていたのだ。りせの思惑と外れてしまったことは、多少、申し訳ないとは思うのだが。
公子のことは、特に月森には言いたくなかった。彼女が心配するのが、月森その人であるから、だ。陽介は隠し事をするのが、余り得意ではない。彼女のことを漏らせば、そのまま、月森の身に迫るという危険についても漏らしてしまう様な気がしていた。出来るだけ、そういう情報を秘匿したいという観点から、辰巳ポートアイランドの件も、彼には知られたくないことなのである。
「なぁんだ、残念」
りせは基本的に、喜怒哀楽は好意を明け透けなく表現する。本当に残念そうに言うので、花村は吹き出してしまった。月森が行くと言えば、きっとりせも付いてきたのだろうな、と思う。彼女ならそれくらいはするだろう。
「ね、花村先輩。それ、りせも付いて行って平気?」
「へ……? なんで?」
月森がいるならば、りせは付いてくるかも知れないと思った。けれど、自分だけとあれば、りせがその様に言う理由が解せない。陽介は首を傾げた。
「実は、修学旅行のときに迷惑かけちゃったおわび、まだ言いに行ってないんだ……行かないと悪いなって思ってるんだけど」
「あぁ、あれな……」
どちらかと言えば、侘びを言って貰いたいのは、自分や千枝、月森ではないかと思うのだが、ジュースで酔ってしまったりせには、記憶も朧であるらしい。しかし、店側に迷惑を掛けた、ということはある程度認識している様で、こちらに戻ってから、謝らないとと言っていた。
「独りで行くのもさびしいし! りせが、ポロニアンモール、案内してあげるよっ。月森先輩と、じゃないのは残念だけど」
「でも、ホントいいのか?」
「花村先輩にも、一応、お世話になってるし」
一応は余計だ、と思いつつも、後輩にそう思って貰えるのは素直に嬉しい陽介である。
「それに、花村先輩独りだと、ちょっと心配だし……」
「へ? なんだって?」
「えへへっ、なんでもないよ! 土曜だね。じゃあ、駅前に、7時集合で」
りせはぴょんと跳ねると前を行き、振り返って手を振った。後輩として、仲間として親しくしても、やはり『りせちー』は『りせちー』だ。可愛らしいことこの上ない。
(つか、芸能人に案内して貰えるとか!)
ジュースで酔ってしまう様なお嬢さんでも、嬉しいものは嬉しいのである。