Just call her name -5

 翌日、菜々子の容態がやっと安定したと聞いて、特別捜査隊の面々が喜んだ。と言うよりも、安堵したと言う感情が強い。今まで、救出した人間も、マヨナカテレビに映らないことを確認した頃には回復していた。昨日、マヨナカテレビが映らなかったことは、確認している。だから、と言う思いがあったのかも知れない。それでも、まだ意識が戻ったとしか言えず、依然として衰弱した状態だったので、まだ心配は残る。堂島刑事も窶れていたが、彼の場合は身体的などうということよりも、寧ろ、娘の心配と言う精神的疲労の方が濃い様に思われた。
「陽介は、良く見てるな」
「ってほどでもねぇけど。なぁ、あんまりこういうこと、言わない方がいいかって思ってたんだけどさ、お前の顔色もよくなって安心した」
「あぁ……陽介がいてくれれば、もう大丈夫だと思うよ」
「お前な」
 笑う顔も、元通りに近付いている。そのことにもホッとして、陽介は片目を瞑った。
「明日も見舞い、行こうぜ。まぁ、毎日ってのはアレだけど、今は顔見たいんだろ?」
「そうかも」
(菜々子ちゃん、助かってよかった)
 マヨナカテレビに映らなくて良かった。昨夜は、そう、月森に電話をしてやろうかと思って、止めた。そう報告することが、余計に心理的な負荷に繋がるかも知れないと思ったのだ。
「それにしても、最近、霧が本当に凄いな」
 雨上がり、濃い霧に包まれる日、少女の遺体。
 思い出して、急に、ゾクンと肩が震えた。
「あ、あぁ……結構、言われてるみてぇだしな」
 無惨な少女の遺体。シャドウに取り殺されてしまった、亡骸。幼い菜々子には、まだシャドウすら出現することはなかったそうだが、あの場所にいたら或いは、同じ様に。
(小西先輩と同じように)
 ――花ちゃん。
 最近、酷く、彼女のことを思い出す。見たことのない遺体の釣り上げられた状況を、彼女の生家を、彼女の生家と同じ、彼女の心象風景を。
「霧に良い思い出がない。早く晴れて欲しいよ」
 陽介はぼんやりと頷いた。早く霧が晴れろ、と月森の言葉とは別に思う。
「霧が晴れたらさ、菜々子が良くなる様な気がして」
「バッカ……、霧なんて、関係ぇねぇだろ」
「そうだけど、何となく、シャドウやマヨナカテレビって、霧と関係ある気がしてるから」
 小西早紀のシャドウは、どの様な姿をしていたのだろうか。何を、彼女に言ったのだろう。深い霧の中で。彼女の声は聞いた。全て、うんざりしていると言う声。
(先輩)
「陽介?」
 ジライヤに食われ掛けた自分。
「陽介、おい、陽介!」
 ぱんと手が鳴らされた。気付くと、月森が目の前でじっとこちらを見ている。アッシュグレイの瞳が。
「傷心の友人を放ってトリップとか」
「ワ、ワリ」
 慌てて手を合わせると、月森は、はあと息を吐いた。そして、陽介の両方の手首を自分の両手で掴んだ。
「取り敢えず、明日もお見舞いな」
「おう、了解」
「なぁ陽介、家まで送ろうか?」
「は、はぁっ?」
「今の陽介、何かふわふわしてて心配」
「アホか!」
 慌てて、拘束されている様な手首を振り解いた。
「だから、そういうのは、女の子にやれっつってんだろうが!」
 人差し指を突きつけると、「行儀悪い」と月森は眉を潜める。
「霧に、取り込まれるなよ」
「……誰がだっつの。お前こそ、心配し過ぎでぶっ倒れんなよな」
「俺は平気」
 月森は笑った。
(平気なのかよ)
 そんな筈ないこと、陽介にも分かっている。大事な家族が苦しんで、それ平静を保ってなんていられない。見えなくても、月森の心は沈んでいる。
 見えなくても。
(なんも、見えねぇじゃん)
 霧が深過ぎて。

 

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