Just call her name -4

 アッシュグレイの瞳、銀色にも見える灰色の髪は、当然地毛だと月森は語る。
「母方の祖母が北欧かどっかの人で、そっちの血が入ってるんだよ。つまり、クォーター」
「へえ。なんつか、ハイスペックだよな、お前って」
 ハーフだのクォーターだの、女子が聞いたら飛びつきそうな『設定』だ。
「別に北欧の言語とかは話せないけど」
「話せたらすげーって……」
 英語だけでも、2学期の中間試験で満点だったと言うのだから、十分だろう。
「えー、先輩すごーい!」
「ほらな」
 りせの声が、耳に伝わってくる。彼女は、視覚的にもこちらを感知しているのだが。
「久慈川、こっちじゃなくて、天城達の方を見る様に俺は頼んだつもりなんだけど?」
「だって、先輩達、二人なんて心配だし」
「ここに出るシャドウには、一人でも苦戦しない。それより、天上楽土の方が、4人でも危ない。分かるだろ?」
「はーい」
 月森の言うことは、基本的にりせは素直に聞くのだ。りせは今でも月森に明け透けな好意を見せている。アイドルの彼女が好きだと言うのだから、そちらと付き合えば良いだろうに、と思うが、流石にそれを言う程に陽介のデリカシーは不足してはいなかった。
「見られてると、陽介といちゃいちゃ出来ないし」
「いや、しねぇよ?」
「あっはっはっはっは」
 アブルリーを、おもちゃみたいな外見のガイアソードの一振りで葬ったと思えば、月森は楽しそうに笑う。横から沸いてきたツインズには陽介が両の手の刃を閃かせる。じゅっと焼け焦げる様な音がして、シャドウが黒い影の様に霧散した。もう一体横切ったアブルリーには、生き生きした表情の月森が「アギ」と叫んで炎を食らわせる。今度はゴムが焼けた様な臭いが本当にした。
「ま、あっちのが危ないのは事実だしな」
 二人で過去のダンジョンに潜るという話は、案外あっさりと承認された。但し、里中や天城は、月森が陽介とデートしたいから言い出したのだと勘違いしている様である。完二もそう思っている節があった。クマもである。せめて、直斗だけは違うと信じたい。兎も角、彼らは、その間に自分達が天上楽土に行って、アイテムを回収してくる、と提案したのだ。その方が合理的だ、と。成程、確かに、あちらにもこちらにもと月森と陽介が手を回すよりも効率が良いだろう。毎回、新しいダンジョンに入る月森と陽介とは違い、どうしても経験値の不足する彼らの力を鍛えるにも、もってこいだ。
「うん。やっぱ、この辺の敵は相手にならない」
「仕方ねぇだろ」
 目の前を4体のツインズが遮ったので、鬱陶しくなって疾風術で一気に吹き飛ばした。高位の術は精神的な負荷が大きいので、この辺の敵に無駄に使うのも勿体ないのだが、如何せん面倒だったのだ。
「陽介、リボンシトロン50本近くあるから安心して」
「うわー、無駄に……」
 ひょいと冷えた缶を投げられた。それをキャッチして、まだいらねぇよ、と言いながらもプルタブを空ける。精神の疲労とは関わるまいが、喉が渇いていたのだ。
 もう、テレビの中で戦う必要はないのではないか、と言う者はなかった。もしかしたら、は、誰もがどこかで思っているのかも知れない。
(現に、シャドウがまだ、現れてるってのもある)
 主を失った城、赤い絨毯の上を駆ける。靴音は殆ど響かない。部屋に入ると背を向けているシャドウが見えたので、陽介は先手必勝だと小太刀を投げつけた。すぱんと黒い影が泡になって消える。月森は直ぐ横のアブルリーをまたガイアソードで斬り捨てていた。振り向き様に、迫ってきた相手にもう一太刀。陽介が投げ付けた小太刀の回収と共に、不自然に揺れて存在をアピールする様な宝箱を開けると、中からはソウルドロップが出てきた。さっきのお返しに、と月森に投げれば、向こうは上手くキャッチ出来ずに取り落としている。
「まぁ、何もないよな」
「分かってたことだろ」
 陽介はヘッドフォンを一度外した。別に、外さなくても、リーダーの声は聞こえる様になっている。原理は不明だが、指示がりせやクマの様な力と呼応して、彼の声は直ぐにメンバーに到達するらしい。と言っても、陽介以外のメンバーは、天から声が降ってくる感覚、上からスピーカーで拡散されている感じだと話している。ヘッドフォンをしている為か、陽介は例外で、直接、鼓膜を叩いていると言う表現が正しいだろう。ヘッドフォンを外せば、通常の月森の声が聞こえた。
「疲れて、はないよな。さっきツインズに炎でやられたけど、何か……ホッカイロ程度だったし」
「最初はすげー熱かったんだけどな」
 シャドウの強さ自体は変化していない筈だ。自分達が頑丈になったのではないが、ペルソナが攻撃をある程度は受けてくれるので、こちらへの直接的なダメージは少ない。そして、ペルソナそのものが、攻防によって幾許かずつ、強化されており、それによって、敵からの攻撃も上手いこと往なしてくれるのだ。陽介のスサノオならば、得意とする疾風の攻撃を無効に出来るだけでなく、炎にも若干、耐性がある。
「この調子でさくっと上まで昇って、んで次は、浴場だったか?」
「そう。陽介、あそこ嫌いだろ」
「……まぁな」
 完二の誤解は解けたが、あの空間が苦手なのである。
「安心してよ、俺が守るから」
「や、よく考えてみたら、お前」
「あぁ、襲われたかったんだ?」
「変なこと言ってすんませんでした勘弁してくださいセンセイ」
 清々しい笑顔に背が冷たくなった。
「安心して、陽介。今、マーラ様がいるんだ」
 ぽん、と肩に手が乗せられる。
「ぎゃあああああああ」
 張り切って合体してきた、と言った月森は、ダンジョンに入って直ぐ、その、非常に特徴的なペルソナを見せてくれたのだ。緑色で、非常に、特徴的な、あのペルソナ。その余りにもな姿を思い出して、思わず、悲鳴が上がった。
「良い悲鳴上げるね、陽介」
「ここ、このサド!」
 笑みを深くした友人に、陽介が柱の影に隠れて糾弾すると、あははと楽しそうな笑い声だけが返ってきた。
「さて、そろそろ上がろうかな。行くの嫌だったら、一人でも良いけど?」
 何事もなかったかのように、月森は前を歩く。ひたひたと、鳴らない靴の音が静かに耳に入ってくる様だった。慌てて陽介は追い駆ける。
「行くって! さっきの、冗談だよな?」
「どうでしょう」
「二度も同じ手に引っ掛かんねぇぞ。つか、りせが気付くかもしんねぇし、んなことするわけねぇよな」
 揶揄われただけだと分かっても、余計に疲労感に包まれるばかりだ。
「うん、そうだね。自分の部屋、とかの方が俺は警戒して欲しい」
「警戒するようなこと考えんな……。つか、警戒されたいのかよ」
「いや、俺じゃなくてさ」
「は?」
「だから、陽介だって、友達いるだろ」
「なにが言いたいんだよ?」
「あー……うん、陽介って、自分のこと鈍いんだったっけ。えーっとさ、陽介って……いやでもこれ言うと陽介の涙腺がまた崩壊しそうかも」
「や、そのネタはもうやめねぇ?」
 もう半年近く前の話だと言うのに、未だに「何かあったら胸貸すから」等と持ち出されるのは、堪ったものではない。
「ま、どっちでもいいや。俺が嫉妬するので、他の男を部屋に上げないで欲しいなってことで」
「そういう話だったか? って、他のもなにも、部屋なんて来たの、お前くらいだし」
 月森はしゅばっと俊敏な動きで振り返った。思わず陽介の方は、びくっとして後退する。友人はそのまま俯いたので、訳が分からずに首を傾げた。
「罪作り」
 意味の分からない言葉を言って、月森はまた前を向いた。部屋のドアを開けると、案の定、階段が上に向かっている。この先が、城の最上階だった。

 

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