足立がペルソナを出したのは意外だったが、考えてみれば、あの男が、自分を否定する要素もないだろうし、シャドウが出てくるとも思えなかった。月森の様に、最初からペルソナを手にしていたのだろう。見えたペルソナが、最初に見た彼のペルソナ――イザナギに酷似していて、僅かに驚いた。
「マガツイザナギ、か……最後まで厨二臭い」
「似てる、よな。お前のと」
「ほらほらぁ、余所見してる暇があるのかな?」
少し隙があれば、マガツイザナギが万能術を放ってくる。マハスクカジャを全体に掛けている為、避けられることもあるが、食らえば中々の痛手だ。直斗が運悪く被弾し、りせが叫び声を上げた。
「クマ、メディアラハン!」
「任せろクマ! ナオチャン、今回復するクマよ!」
ふわっと温かい光が身体を包む。陽介の頬に出来ていた掠り傷も、一緒に消えていった。
「まぁ、正直、アレと一緒とか寒いし痛いし嫌なんだけど、似てると言うか、『イザナギ』と言う意味では同じなのか。しかし血染めみたいでアレ……痛……」
月森センセイは精神攻撃を忘れないらしい。言いながら、スルトを喚んで、『神々の黄昏』と言う偉大な名を叫んだ。豪炎が足立の元に迫るが、マガツイザナギがそれを往なす。本体に直撃しないので、ダメージはまだ微小だ。それでも煩わしそうに顔を歪めているので、攻撃が通用していない訳でもないだろう。陽介は既に指示を受けている通り、横から回ってガルダインを放った。強化術が掛かっているのに加えて、スサノオ自体に疾風強化のスキルが備わっている。風が刃の様に足立のペルソナに襲い掛かり、本体のスーツも衝撃で裂け目が出来ていた。
「白鐘、メギドラオン次に使うから、集中しろ! クマ、危ないから防御!」
指示通り、直斗が精神集中を行い、足立がマガツイザナギに指示しようとしたことから防御と言ったらしく、その通りにクマが攻撃に備えて防御した。想定通り、雷撃が降り注いで来たが、防御していたクマは攻撃に耐え、陽介はステップで避けた。
「陽介、スピードアップ頼む」
「了解」
少し離れてスサノオを喚び出す。注意を自分に向ける為か、月森は刀で斬り掛かった。その身体を碧の光が包む。スピードアップした月森がマガツイザナギを斬ると、足立が一瞬怯む。隙に、集中を解いた直斗が万能術を放った。目の眩む様な光が、宵闇にも似た空間を裂いて顕出する。マガツイザナギが吹き飛び、足立本体にヒットした。
「やりやがって……餓鬼がっ!」
足立はヒートライザを掛けて体勢を整えている。
「うえ……やっぱ、解除術とっときゃよかったよな……」
「無い袖は振れません。クマ、防御上げて」
「ほいほーい!」
「直斗はアイテム使って、さっきの回復。俺は良いから、自分優先。陽介は俺にディアラマ頼んだ」
「了解です」
「了解! ディアラマな!」
淡い白光が月森を包む。傷が癒えるのを見届ける間もなく、月森はまた斬り掛かった。ガキン、とマガツイザナギの刃とぶつかる。押し切ったものの、やはり、ダメージは大きく与えられていない。
「先輩、来るよ!」
「避けろ!」
刃が縦横無尽に迫ってくる。
(空間殺法――!)
4人を透明な箱が囚え、その中で無数の刃が乱舞する。クマが叫び声を上げた。スクナヒコナの小さな身体では往なしきれないらしく、直斗の呻く声も聞こえる。陽介とスサノオも何とか避けようとはしたが、擦り傷がかなり出来ていた。ブォンと音がして、見えない壁が消える。
「埒が明かないな……」
「いやぁっ! しっかりして、直斗くんっ!」
「へ、平気、ですよ……久慈川さん――しかし、埒が明かないと言うのは、同意です」
よろけながら、直斗が立ち上がった。足をやられたらしく、動きが危なっかしい。
「やっぱり、懐に飛び込むのが一番か」
ダメージの状況を確認しながら、リーダーは飽くまで冷静に呟く。
「ほらほらどうしたんだよ? これで終わりとか言わないよな? 俺がラスボスならさぁ、この程度で終わる訳ないだろ! あはははっ」
一々、動が芝居めいて腹立たしい。陽介はダメージの酷かった左腕を抑えながら、睨みつけた。血が滴っているのが分かる。
「餓鬼が粋がったって、無駄無駄――」
「うぜぇ……」
地を這う様な声が聞こえたので陽介は驚いた。
「は?」
「へ?」
「むむっ?」
どうやらそれは、直斗やクマも同じだった様である。
「高校生相手にしか粋がれない、社会不適合の屑が……」
「おい相棒、なんか、俺のシャドウみたいになってんぞ」
月森は怖い表情は見せても、発言は基本的に丁寧だった。それが「うぜぇ」とは、余程腹に据えかねたのか。自分と同じ声で「うぜーんだよ」と言っていた、嘗ての己の影を思い起こしてしまった。
「陽介、適当に援護しろ。直斗、銃乱射。クマ、マハブフダインな」
早口で指示を出すと、月森は素早かった。一瞬で間合いを詰めて、マガツイザナギの背後をとる。
「もしかして、激昂してる、とかじゃねぇよな」
「きゃっ、先輩、ワイルドでカッコイイぞー! いけいけー!」
りせは相変わらずなご様子だ。陽介は、まだ月森のスピードが落ちていないのを確認して、彼がマガツイザナギを捉えている間に虚を衝かれた足立の方に回った。
「吼えろ、スサノオ!」
カードを砕くとスサノオが顕現する。名を叫ぶよりも先に、風が刃となって足立に襲い掛かった。直斗は正面からマガツイザナギに銃を乱射している。どういう訓練を受けているのかといつも不思議に思うが、彼女の射撃の腕は非常に良く、背後から銃声が聞こえても怯えることなく戦える。
「センセイ、離れろクマ!」
冷たい風が頬を掠める。氷結が更にマガツイザナギを追い詰める。と、急に一振りの刀が、足立の眼前を通り抜けた。
「ちっ、外したか」
「いやそれ、当たったら普通に死ぬって」
地面に突き刺さった刀が、標的とした男の、今度は喉元に突き付けられた。
「絞首台の代わりに、ここで黙らせてやろうか、足立透。お前の――敗けなんだよ」
足立が後退る。マガツイザナギが背後で消滅する音がした。