マガツマンダラとか言う謎の空間で、番人とでもなっているらしいシャドウを倒して、再び禍津稲羽市に戻ってきた。空の赤さは以前変わらず、ぐにゃぐにゃとした標識にシャドウが描かれていて、シュールだった。KEEP OUTの文字が巡らされたテープは、触れると忽然と消えて、何となく、警察めいたイメージの残ることを思う。
足立透。
冴えない単なる刑事だと思っていた。自分達と同じく、殺人事件と誘拐事件を捜査し、テレビのことなんて露知らず、捜査に関わる情報を無駄に漏洩させるだけの、ヘタレ。
身近な悪意と言う物を、知らない訳ではない。商店街で聞く心ない噂や陰口、小西家に向けられる好奇と言う名の悪辣な視線。全て見て、知っている。それでも、こんなに赤黒く、くぐもった感情は、知らない。菜々子が息を止めてしまった時に、あの男は何を思ったのだろうか。
(なんも思ってねぇ、か……生田目の所為にして、あわよくば、俺らに生田目落とさせて、それで終わりにしようとしてただけだ)
「この先、ヤバイと思うよ、先輩」
りせに言われずとも、皆、察している。足立は来いと言っていた。決着を付ける、と。遠回りさせたのは、恐らくこちらの戦力を削ぐ為。キツネが回復してくれると言うことを知らないからだろう。満身創痍で来れば、それは確かに倒すのも容易いだろうが、生憎と、上手く立ち回って力にしているだけだ。或いはそれすら、ゲームの一環なのかも知れない。
(中ボス、とかやりそうだな)
思えば益々、幼稚な発想に見えてくる。ゲームとは、久保美津雄と同レベルだ。犯罪者と言うものは、思考が似通っているのだろうか。
しかし、足立の計算にあったかは分からないにしても、赤黒い空の下にずっといると、気分が滅入ってくるというのは事実だった。
「直接対決だろうな。皆、平気か?」
「……月森、1分だけ、休憩しねぇ?」
「先輩、疲れているんですか? でしたら、クマくんに回復を――」
「や、違うけど。直斗もちっと座って休もうぜ? ここまでずっと、走りっぱなしだ」
「疲れとるなら、クマがメディアラハンかけるぞー?」
「そういう疲れじゃねぇって」
月森はじっとこちらを見て、頷いた。
「1分じゃなくて良い。ちょっと休もうか」
ぐらりと視界が揺れる。気付くと、月森が陽介の腕を掴んで支えてくれていた。
「……ワリ。この重要な時に」
「重要だから、立ち止まってくれて正解だ。どうした? 体力や精神力には問題がないと思うけど」
「んー……なんつーか、酔った?」
「酔い? あぁ、車酔いとかそういうアレ? 若しくは、コーヒーカップでぐるぐる回し過ぎた――とかみたいな」
「お前、全力で回すタイプ?」
「全身全霊でやる」
「お前と乗りたくねぇわ」
「そう言うなよ。陽介と遊園地に行くの、良いなぁ……いつか、行かない?」
「いいな。特捜隊の全員で行きゃ、楽しそうだ」
「回避は狡いぞ、陽介」
「寒いっつってんだろーが! 男二人で、とか!」
「意外と、夢の国では男二人を見掛けるって、知り合いが」
「うっそ、まじ?」
他の遊園地ならば兎も角、あの、デスティニーランドでなんて、想像がつかなかった。ファンタジィ、メルヘン、夢の国と海。付け耳が許される異空間。男だらけで行くなんて、ナンセンスの極みだと思っていた。
「完二とか、可愛い物好きだろ? 同じ感覚で、デスティニーシリーズが好きだからってのもいるだろうし、本当にカップルで来てるのかも知れないな」
「世界広ぇ……」
「カップルで行こうよ、陽介。非リアの極みの足立に見せつけてやりたい」
「なんか、いろんな意味で壮絶だよな、お前」
「褒め言葉と」
「受け取るな」
あっはっはと月森は笑った。
「気分は?」
「浮上した。お前はどうだよ。興が削がれたとか、ねぇよな?」
「まさか! 傍に陽介いて!」
「単純だな、相棒」
そうかも、と笑い、月森は手を離す。
「先輩、充電終わったぁ?」
「僕等はいつでも行けますよ」
「センセイ! やってやろうクマ!」
直斗とクマが月森を見る。陽介も片目を瞑った。
「頼むぜ、リーダー」
「あぁ――行くぞ、皆」
青春ちっくなノリに、この先の足立がうんざりしているかも知れないと思った。
(ザマミロ)
「千枝先輩と、雪子先輩と、完二も、やっちゃえって言ってるよ!」
月森を先頭に、四人は足を踏み入れる。足立透の待つ場所へ。真犯人を知って、3日目。辿り着いたら呆気ないものだった、と、少し思った。