Just call her name -13

 翌日、朝から集まって、午前中ずっと皆で走り回っているが、余り有益な情報は得られていなかった。狭い田舎だとは言え、市民全員に話を聞こうと言う勢いなので、中々に骨が折れる。鮫川の河川敷やジュネスを中心に話を聞いてきたが、首尾良くはいかない。仕方なしに商店街まで足を運んだが、いつもの陰口は余り聞かれなかった。それよりも、霧の話ばかり。
 陽介が四六商店にある自販機でジュースを買っていると、トントンと背を叩かれた。振り返らなくても誰だか分かったので、リボンシトロンを取り出し口から取り上げて、ゆっくりと振り返る。
「俺もリボンナポリン飲もうかな」
「成果は?」
「特になし。あ、不審人物見たって話聞いたから、それ、一応、当たろうと思ってる」
 不審人物なんて、八十稲羽で見ていたら、とっくに噂になっている筈だ。大いに期待出来る情報ではないが、他に当てがないのも事実。
「今更、覚えてる奴がいないってのは、分かんねぇ話でもないけど、なんか、変じゃね?」
「不自然な位、誰も覚えていない。センセーショナルだったのにな。人の記憶なんてってのは分かるけど、犯人だって挙がって、記憶喚起が促される理由もあると思ったんだけど。何か、本当に霧の所為かも知れないって気がしてきた……」
 見上げた空は白く煙っている。太陽の光も見えない。
「こんなんで、犯人、挙げられっかな」
 目を細めても、先には何も見えない。
「弱気は最大の敵だぞ、陽介」
「いつも強気のセンセイらしい発言だな」
 まぁね、と月森は不敵に笑った。普段は優等生な外見をしているのに、眼鏡の奥から覗く様なサディスティックな瞳が、眼鏡がなくても不意に見られるのだ。
「まぁ、どうってことないことには、強気なんだよ」
「おま……犯人挙げるのが、どうってことってな」
「感情値的にはそうだろ。あ、陽介は違うか。思い入れが、最初から違うよな」
 月森の表情が陰った。
「菜々子が助かったから、ぶっちゃけ、犯人を死んでも捕まえるって勢いがないと言えばない。肩の力を抜けるのは、ある意味ではメリットになると思うけど――陽介は、そうじゃないって、忘れてて、御免」
「や、謝ることじゃねぇって。お前が冷静でいてくれんのが、一番助かるし……それに」
 もう一度、空を仰いだ。電柱に、見えない影が、シャドウがいるなんてことはない。ずっと分かっていたことだ。
「俺も、もう、復讐したいって、思ってないんだ」
 花ちゃん、と、想っていた人の声が聞こえた。
「どういう心境の変化ですか、陽介くん?」
「霧が……ずっと、濃かった。それ見る度、先輩のことが過るんだ。もう忘れたって言ってる、さっきから聞き込みしてた連中なんて、信じられねぇくらい。電柱を見ると、あの人の身体がそこにあるみたいな気ぃして。だから、ますます、思い出して……情緒不安定になってた」
 月森は腕を伸ばすと、またぎゅっと陽介を抱きしめた。
「俺の所為だ。きっと、陽介は無理にでも吹っ切ろうとしたんだろ? そうした方が良いって、強いんだって、勘違いさせたのなら、御免。『そう』じゃないんだよ。消化する方が良いんだ。飲み込んで、ペルソナみたいに、一部に出来たら、強さに変わる。……分かったつもりでも、簡単に出来ることじゃない。ジライヤみたいに目には見えないんだから」
「先輩がペルソナで、こうしてるとこも見られるってのは嫌だけどな」
「ペルソナじゃなくても、見てるだろ。お節介でウザい花ちゃんが心配で、目なんて離せない」
「うお……ここで弱点にヒットさせてくるなよ……」
 ウザかったら、ウザいって言った方が良いよ。
 初めて月森と会った時に、笑っていた小西早紀の姿が蘇った。まだ肌寒い春のフードコートで、ジュネスのエプロンをつけて、まだ制服の新しい月森孝介が、言葉に面食らって、そんなことないってフォローしてくれる。
「俺だって、怖いことは怖いんだよ」
 月森は身体を離すと、額をくっつけた。
「また犯罪が繰り返されるかも知れない恐怖は、現実感がない。まして菜々子は二度、被害に遭うとは思えないし、俺の友人達ならば、テレビの中で無残な死を遂げることはない。街の無責任な噂と同じ、自分は、自分の周囲は大丈夫だって、どこかで思ってる。それよりは、もっと怖いものがあるって位で。……また変なことして御免な。聞き込み、再開しないと。陽介も一緒に聞きに行こう」
 言うだけ言って、やっぱり月森はくるりと振り返って独りでに歩き出す。
「待てよ。お前の怖いものって、なんなんだ?」
「陽介には知る由もないこと」
 スタスタと歩くので、仕方なく、また追い駆ける。どうにも、追ってばかりいる気がした。
「んな、いきなり突き放されても……」
 追いついて隣を歩く。横を見ても、月森は難しそうな表情をしているだけで、陽介の言葉なんて、聞いていないらしかった。
「犯人が外部者である可能性は極めて低い。きっと、これから聞くことは、その確信を得るだけだろうな。とすると、この街の人間――ヒントになるのは、何だ?」
「話聞けよ」
「陽介、お前はどう思う? 参謀の意見が聞きたい」
 急にこちらを見たと思ったら、真っ直ぐな瞳で見るので、余計なことを話していた自分が悪い様に錯覚させられた。仕方なしに、自分の会話は打ち切る。
「知るか。だいたい、ずっと生田目が犯人だって思ってたのに、急に真犯人が出せるか……」
「逆なんだよ。お前と白鐘は、生田目が犯人だと思っていた。だから、見落としがあるかも知れない。俺は別の可能性を探っていたのに、見付からなかったんだ」
「そう、言われても。俺だって、直斗と、生田目で確定だなって話してたっつの――あ、だったらアレはどうだ、脅迫状のこと」
「え?」
「確か、最初に言ってただろ? 脅迫状入れられる人間は限られてるっつか、お前んちのこと結構知ってる、的な。運送業だから菜々子ちゃんのことは分かったけどさ、お前のことと俺らのこと、知ってねぇと、無理――とか。俺が忘れてたことっつったら、そういうことかも」
「そうか、アレ――! 生田目が書いた訳じゃないし、そもそも、生田目に書ける内容じゃない。アレを書ける人間……? 堂島さんちの甥っ子、で、菜々子とのことは、八十稲羽の人間なら、知り得る。いや、大事な人ってのは、不特定的だな。直後に菜々子のことがあったから誤解していたけど、脅迫状と犯人とは繋がっていないとすれば、菜々子は偶然の可能性だってあるのか……つまり、俺達が、事件に関与していることを知っているということがポイント」
「おーい、月森。お前ホント、よく喋るのな」
 普段は寡黙で通している月森だが、スイッチが入ると偶に、止めるまで喋り続けるという癖がある。雪子の大爆笑の様なものだ。
「……見えてくる、かも知れない」
「マジで?」
「兎も角、不審者についての話を聞いてからだな」
「おう。任せたぜ、リーダー」
 ウインクすると、頼り甲斐のある笑みが返ってきた。

 

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