「結局、何しに来たん?」
昼ご飯に出てきたのはトマトリゾットだった。やっぱりトマトなのかとアーサーが思っていることをよそにアントーニョは機嫌が良さそうである。彼の血はトマトケチャップでできているのではないだろうか。
(……リゾットってスペイン料理だったか?)
首をひねったが料理についてはアーサーは疎い。疎いというか疎まれている。
「聞いとる?」
スプーンに赤いご飯を乗せながらアントーニョはこちらに視線をよこした。別のことを考えていたアーサーの反応は一拍遅れる。
「は? え? あ、あぁ――だから、暇だから」
「それなら別にえぇんやけど、起きるん待っとったみたいやし。今日って、何か特別な日やったっけ?」
誕生日とかとアントーニョは続けた。思わずアーサーはため息をつく。
「誕生日なんて知らねぇよ」
「そやったっけ?」
相変わらずアントーニョの中のアーサーのウェイトは軽いらしい。国の成り立ちが判然としているのは新しい国ばかりだろう。もしくは、便宜的に誕生を祝うに過ぎない日だけれどそう定めているとか。そんなものなくたって構わないとは思うのだが。
「んー。じゃあ、戦争に勝った日ぃ、みたいなん?」
ぴたっとスプーンを持つ手が止まった。アントーニョの方は構わず昼食を続けている。
「何だ、それは」
「やって、アーサーと俺に関係する日ーってそれくらいやろ」
なるほど確かにその通りである。同じヨーロッパの国だけれど距離はアルフレッドよりもよっぽど近いけれどその精神的な距離は計り知れないほどに遠い。彼の歴史と己の歴史で重なる部分など数少ないのだ。というよりも昔から友人らしい友人なんていない。関わりはそれこそ戦として顕現するばかりの「栄光ある孤立」だ。それに比べてアントーニョにはフランシスを始めギルベルトらの悪友、子分と可愛がるロヴィーノなど関係は多い。そうなれば認識的に言うと彼にとって自分はただの「海賊」であるのだ。海で覇権を争ったライバル。ヨーロッパは争いの歴史が連なっていて彼との抗争もまたその単なる一つに過ぎない。アーサーにとってもアントーニョにとってもそうだ。だから遺恨がある訳でもないらしいけれど繋がりはそこにしかほぼ認められない。
「あーでも、いつやったっけ?」
笑顔を崩さぬままにアントーニョが首を傾げたので何だか苛立ちを覚えた。ダイニングテーブルに両手をついて食事中にも関わらずにアーサーが席を立ってもアントーニョはのんびりと首を傾げているだけだった。
「どしたん、アーサー?」
つかつかと近づいて両手を掴んだ。はずみでスプーンが手から離れて床に落ちる。金属の甲高い音が響いた。何をされても動じないのんびりとした笑顔がアーサーを見ている。
「いつか、殴り返すとか言ってたな」
「無理やろ、大英帝国やし」
もうええやんとアントーニョは笑っている。
「菊も言うてた。平和が一番やって」
武力行使を弟に禁止されその庇護下で暮らすかの友人の顔が頭をよぎる。
「あぁ、でもまだたたかっとるんやっけ、アルフレッド。こりへんなぁ。……あれってもう撤退したん? あんまり詳しくないんよー。堪忍な」
そういえばアントーニョはアルフレッドをあまり好きではないらしかった気がする。アルフレッドがそうぼやいていたのだ。アントーニョには好き嫌いがあまりなさそうなだけに意外だった。
「何で手首を掴まれてるのかわかってるのか、お前?」
「さぁ。殴られへんようにするため?」
噂に違わぬ鈍感ぶりである。アーサーが脱力して握る指先が緩められると右手が解かれた。そしてそのまま顔に向かってストレート。衝撃で左手も離れた。
「なっ、何するんだよ!」
「今なら殴り返せるんかなぁ、思て」
アントーニョは笑った。
「痛いだろーが! 何が『大英帝国やし』だ!」
「トマトの恨みや」
アントーニョは落ちたスプーンを拾いあげてアーサーの顔の前につきつける。
「海賊」
「今は紳士だ」
「嘘つかんときぃ。どこの紳士が食事中に席立つん?」
指摘されてアーサーは席に戻った。どっかと座れば「やっぱり海賊やん」と言葉が返ってくる。うるせぇとぼやいた。
「お前の顔を見に来たんだよ!」
「へー、そうなん?」
再び軽い返事に脱力する。
(何で、とか思わないのがコイツなんだ……!)
「あ、そや。後でロヴィーノが遊びに来るんよ。せやから、食べたらはよ帰りぃ」
そして徹底してひどい扱いだ。アーサーはこめかみを抑えた。このウェイトの羽のような軽さはなぜだろうか。やはり積年の恨みだろうか。それとも弟との確執だろうか。
決めた、今日は帰らない。そもそもアントーニョが無理にアーサーを追い出すようなことはないだろうし(アルフレッドならアーサーをつまみだすくらいはするかもしれないが)、留まるために難癖つけることなんて幾らでもできる。目的のために手段を選ばないのが英国紳士である。
勝手に決めてリゾットを口にふくむとすでに冷めてきていた。それでも普段の食事よりも美味しかった。