長針と短針が重なった瞬間に、ミチルはにこりと微笑んで、おめでとう安形と言った。
「日付が変わる瞬間に言ったのは初めてだなあ」
「お前はそういうのにこだわりがねぇのかと思ってたぜ」
「安形はこだわるよね、昔から」
それは微妙に違うのだが、わざわざ言って愛らしい恋人の機嫌を損ねることもないだろう。いずれにせよ、ミチルの誕生日でしか気にしないことも事実であるわけだし。柔らかい薄茶の髪を撫でると、ミチルは瞳を細めた。
「こだわらないって言うかさ、そういうの気にするって、恋人っぽくない? 特権?」
「んな風に見てたのか、お前」
「や、安形は違うだろうとは思ってたけどさ」
まったくの間違いというわけではないのだが(安形は自分が随分と昔からミチルに傾倒し切ってしまっていただろうことを今は自覚しているのである)、そういう感情は明確にはなかっただろう。言葉をミチル自身に返してみれば、今は恋人だからそういうことができるのだ、と思ってくれているということになる。友人から関係が変わって半年と少し。切り替えがきちんと行われているというのは、喜ぶべきことだろう。髪を掻き上げて、額に軽く口付けると、ミチルはくすくすと笑った。
「そういや、去年のこと思い出した」
「去年? あ、ザッハトルテ、結構好評だったよな?」
「お前の願い事って話だよ」
「うん? そんな話?」
きょとんと首を傾げたミチルは、すぐに心当たりがあったようで、こくりと頷いた。
「頭がよかったらって話?」
「おう。なんでそんな願いだったのかってな」
いまさらとミチルは渋ったが、今日が安形の誕生日ならば、多少の無理も聞いてくれるだろう。あの時は聞けなかった真意というものを、問いただしてみたい衝動にふと駆られたのだ。
「……あれは、安形が東都大に行くって聞いたとき、オレも行くって言って欲しかったんだろうなーって、安形見てて、思ったから」
だからちょっぴりそう思っただけで、とミチルは懐かしそうに瞳を細めて笑う。
その頃の安形は、ミチルが大学に進学しようがどこに行こうが、傍にいてくれるものだと勝手に思い込んでいた。開盟学園に一緒に進学したように。生徒会に共に入会したように。そうではないと知ったときに驚いたし、落胆してもいた。それが、恋に起因するものであるかどうかはともかくとして、ミチルは的確にそれを見抜いていた。だから、安形の意に沿う答えをしてやれなかったことが心残りだったのだ、と。
「オレも、頭がよかったらなって」
告白が受け入れられたときに、なんとなく安形は勘付いていた。ミチルだって昔から自分のことが好きだったのだ、と。自惚れではあったが、確信していた。そうなら、常は自分の頭脳に不満を持っていないミチルがたった一つだけ望むようなことはと考えれば、答えは簡単に出てくる。やっぱりミチルは可愛い。可憐だし、健気だ。もう一度頭を撫でて、可愛いとかなんとか言ってやろうかと思ったが、日頃からそういう言葉を綴っていると、価値が薄れてしまうだろうと思って、心の中だけに留める。
「そんなもん、なくても十分だったろ」
代わりにそう言ってやると、ミチルは「結果論だ、それは」と反論した。
すべての原因はそもそも、勝手な思い込みによって落胆した安形の方にある。ミチルが少しばかし頬を膨らませたので、そうだなと安形が素直に言うと、彼はヘーゼルの瞳をまばたきさせた。そうして右の指先を唇に軽く当てると、あっそうだ、と顔を縦に振った。
「ケーキ、今年はオーソドックスに生デコにしようと思ってたんだけど、ザッハトルテの方がよかった? チョコ生とか?」
「チョコのケーキは、バレンタインでいいだろ」
「それもそうか。安形、頭いい」
「いまさらなに言ってんだ」
ああでも来年はザッハトルテが食いたいな、と言うと、ミチルは笑顔で了承した。
「再来年は白いケーキ」
「交互にするの?」
頷くと、覚えておく、とミチルは笑った。
ミチルの願い事が安形さんに一緒の大学行くって言ってあげられることだったら可愛い!!! って話