KMMMF


「……その、榛葉さん。こんなことを聞いてしまって良いのかわからないのですが……」
「なに、椿ちゃん」
 定例会議の時間まではまだ少しある。会長である安形も揃っていないし、珍しく手元に仕事もなかった。浅雛と美森は雑談を楽しんでいるし、ミチルもそれに口を出している。手持ち無沙汰で、黙っているのも難だと思ったという程度で、椿は思い切って尋ねてみることにした。
「以前、榛葉さんの必殺技? をお伺いしたと思うんですけど……クイズ研究会の事件で」
「ミチルズ・マジック・フラワーのこと?」
「あ、はい、それです。その……本当に、花を見せることが出来るんですか?」
 俄には信じ難いことだが、あれだけ自信満々だったミチルが嘘を吐いた、とも思えない。そういえば、双子の兄もフジサキバレンシアという技を持っているようだし、ミチルにもなにかあるのだろうかと疑問に思ったのだ。
「本当なら見てみたいですわ」
「UFA(嘘つけふわふわ頭)」
「ど、どうなんでしょうか」
 若干の期待を込めて言うと、ミチルはにこりと笑った。
「錯覚で見えているだけだけど、背景に花を背負っているということと原理は同じじゃない?」
 オレも良く言われるけど、とミチルは朗らかに笑っている。
(背景に……花……?)
 藤崎の知り合いにいる漫画家の少女、早乙女浪漫のことが思い出された。彼女と関わっていると、どうにも尋常ではない事態が起こっている――と錯覚してしまうが、それに似ているのかも知れない。
「ボクでも見られますか?」
「試してみる?」
 ミチルは片目を瞑ると、パチンと指を鳴らした。何事だろうかと思ったが、特にミチルに変化はない。
「……えぇと」
「残念。椿ちゃんには見えなかったみたいだ」
 二人は? とミチルは微笑んだが、美森は残念そうに、浅雛は下らないと言いたそうに、黙って首を横に振った。
「ほ、本当に見えているんですか?」
 なんだか、裸の王様を思い出してしまう。目を細めてみたが、なにも変わったようには見えない。ミチルは楽しげにくすくすと笑っているし、謀られているのだろうかとも思う。基本的には優しい人だが、たまに、椿を揶揄っている節がある人だ。分からない。やっぱり揶揄われているのだ。見えないものは見えないし。椿は幽霊の類を信じない。結論付けて、椿は抗議しようと立ち上がりかけた瞬間に、生徒会室のドアが開いた。
「遅くなって悪かったな」
「会長! いえ、まだ定例会議の時間ではありませんし……」
 言いながら改めて腕時計を確認してみる。時刻は四時五分前。定刻より遅れてはいない。
「安形、日直かなんかあったの?」
「――ミチル、お前」
「どうかしましたか、会長」
 名を呼ばれた彼も、小首を傾げている。
「また花なんか持ってきてんのか。片付けに困んぞ」
 執行部室になんとも言えぬ沈黙が流れた。
「えっ」
「……そうだね。ちょっと邪魔かな。まあ、オレに似合うんだから、許してよ」
「えぇーっ!?」
 女子二人が目線でなにやら会話している。ミチルはにこにこといつもと変わらぬ笑みを浮べている。安形は席に座ると、大きな欠伸をした。
「か、会長! 見えてるんですか!」
「見えてるってなにがだよ。ユーレイでもいんのか?」
「やるな、MMF……」
「さすがですわ、榛葉さん」
「あっ椿ちゃん、もう四時だよ。ほら、定例会議始めないと?」
 にこやかに言われて、椿は慌てて背筋を正した。

 いつもの通りに定例会議を行い、雑談が半分程度混ざりながらも、小一時間で終了出来た。その後は、各々の仕事を熟しながら下校時間までを過ごすのが通常だが、仕事もない安形が寝入るまでに時間は掛からないらしく、すぐに寝息が聞こえてくる。会議の議事録を纏め終えた浅雛は、大好きなぬいぐるみのモイモイと戯れているし、ミチルは手鏡を眺めており、真面目に書類と格闘しているのは椿と美森くらいのようだった。書類を確認し、印を押す。単純な作業ではあるが、重要なことだ。しかし意識が乱れてしまって、いつもより手が進まない。
「椿ちゃんどうかした?」
 ひょいとミチルが覗き込んできたので、うわあっと椿は声を上げてしまった。
「あはは、騒ぐと安形が起きちゃうよ?」
「えっ、す、すみませ……って、寝てる方がおかしいじゃないですか!」
 ミチルは人差し指を唇に当てて、しーっと微笑んだ。定例会議も終わっているし、安形はもう業務終了ということなのだろう。安形にも募られると逆らえないとは思うが、ミチルの微笑みにも敵わない。ね、と言われると、思わず頷いてしまう効力があるのだ。さすが、マジックなんて言うだけはある。
(って、ああもう、忘れようと思っていたのに!)
「椿くん、本当にどうしたんですの?」
「いやなんでも」
「気になることがあるならとっと言え。どうせ椿くんは空気が読めないんだからな」
「う、うるさい浅雛!」
「ほらほら二人とも。でも、オレのこと見てたみたいだったからさ」
 にっこりとミチルは微笑む。自意識過剰と浅雛は冷たく言ったが、事実なので椿は手で制した。
「その……さっきの、ミチルズ・マジック・フラワーのことなんですが」
「あれがどうかした?」
「たっ、大したことではないのですが、その、普段からああいうのを使っているんですか?」
 と言うか、本当に、原理はどうなっているのだろうか。最初は、裸の王様論法だろうと納得したのだが、安形の言葉で覆されてしまった。
「先ほど会長が――」
「やはりKYだな、空気ヨメ男」
「うえっ!? だから、その言い方は止めろと……」
 浅雛の方を見ても、ふんっと顔を背けられてしまう。
「昔は、女の子たちに見せてあげてたんだけど」
 脳裏にふっと花を持つミチルとそれに集まってくる女の子の図が浮かんで見えた。今ですら、なにもない時でも女の子に囲まれているというのに、さらにすごいことになっているのではないだろうか。
(想像がつかん……)
 椿がううむ、と唸っていると、美森がおっとりと「今は使わないんですの?」と代わりのように尋ねた。ミチルは少し眉間に皺を寄せたが、「女の子に聞かれてるんだから、応えないといけないな」と笑みを浮かべる。
「中学の頃のことだけど、いつもみたいに女の子たちに花を振り撒いていたら、安形がたまたまやってきてね。それまで、安形のいる前でやっていたことはなかったんだ。そしたら安形が、『花なんか持って、なにしてんだミチル』って」
 以来あまり使わないことにしてる、とミチルは話を閉じた。
「まあ」
 美森は口元に手を当てて、少し驚いたように瞳を開いて、浅雛を見た。彼女は無言で視線を返す。そして心得たように二人でこっくりと頷いた。
「えっ? 一体なにを頷いているんだ、丹生に浅雛? 今の話の最初と最後、なにか関連があったのか?」
「NKYO(鈍い空気ヨメ男)」
 浅雛はそう言って一蹴し、美森の方を見れば困った顔で彼女は微笑んでいる。
(会長はさっき榛葉さんを見て、『花を持っている』と言っていたし、同じことじゃないのか……? それで、どうして使わなくなるんだ?)
「榛葉さん!」
「えーっと……」
「MMFの説明を思い出してみろ、空気ヨメ男」
 なんかもう三回も同じように呼ばれている。このままだとあだ名として定着してしまいそうだ。慌てて椿は自分の記憶力をフル回転させる。ミチルがMMFことミチルズ・マジック・フラワーについて話したのは、クイズ研究会に呼び出されたときだけだ。
「ま、魔法で女性の瞳に自由な花束を見せる……ですよね。あれ、では浅雛と丹生はなぜ?」
「惜しいですわ、椿くん」
 頑張ってください、と美森は両拳を握った。
「お、惜しい? えーとえーと……」
「最初に言った言葉を思い出せ」
 なんだこの状況と思ったが、女性陣二人に捲し立てられて、椿も必死の心持ちだ。当のミチルだけが、困ったように眉を下げている。一体全体どうしてあれだけ自信満々に答えられたのか、とさすがに椿でも呆れてしまった、その言葉の冒頭。ミチルズ・マジック・フラワー、それは――。
「思い出したぞォ! 恋の……」
 ガタンと立ち上がったは良いものの、椿は二の句が継げずに黙った。生徒会室には沈黙が降りる。
「恋の……魔法……」
「ふふ。私や、デージーちゃんでは無理でしたわね」
「ははっ、ミモリン結構言うなぁ」
「ミモリンの言う通りだ。見えるワケがない」
 いやちょっと待ってくれとかなにか言おうとしたが、浅雛と美森にじっと見られてしまう。その眼差しは間違いなく「これ以上、言うな(言ってはいけませんわ)」だ。視線で黙らされてしまって、仕方なしに安形を見れば、こちらの会話など微塵も知らずに眠っているばかり。
(ミチルズ・マジック・フラワー……恐ろしい力だ……)

MMFは発音良く言い直すところとかミチルかわいいミチルかわいいミチルかわいい