ホーリーナイト

「こんにちは、セクターさん」
日も暮れた時分、突然人が訪れた。彼女は、美しい金糸を揺らして、手に大きな箱を抱えている。いつも、野菜を運んでくれるそれとは、どう見ても違った。
「どうしたんですか?」
問われたミントは、少し照れたように頬をうっすらと染めて右手で髪を掻き揚げた。ふわり、とシャンプーだろうか、香が漂う。
「ええと、フェアちゃん、なんて言ってたんだっけ……まあ、いいかな。ケーキを持ってきたんです。一緒に、食べませんか?」
そこに、教え子の名があったのを聞き、セクターは少し苦笑した。彼女の――正確には、彼女の父の齎す情報は、奇妙なものが多いが、その所為で、ミントは今、ケーキ、だろう箱を抱えてここまで来たと言うのだろうか。そして、彼女の父は、何者なのか。
「フェアくんが、何を?」
「今日は、神様の生まれた日なんだそうです。聖誕祭、って言ってました」
それは――、と言いかけて、止めた。ミントは、うっとりと美しい顔で微笑む。
「きっと、リィンバウムとは異なる世界、なのでしょうね」
「みたいです」
だとすれば、それを自分達が祝う義理はないのだろう。そんなことは言えずに、ケーキを抱える彼女を見る。今でこそ落ち着いているが、来た時は、少し呼吸が乱れていた。多分、急いできたのだろう。あまり、遅くならないように、と。
「それはなにか、特別な意味があるのですか?」
ともかく、立たせたままにはできないので、あまり整頓されていないとは思ったが、セクターは部屋へ招き入れることにしながら、尋ねた。それは、というのは、その聖誕祭とやらであり、また、彼女の抱えるケーキでもある。
中に入ったミントは、背を向けたまま、黙ってしまった。
「ケーキは、フェアちゃんにどんなものがいいか、教わったんです。皆、今日はケーキを食べる、と聞きました」
それで、私の元へ? と、非難しないように注意を籠めて言葉を重ねる。パタンと音がして、外と中が隔絶されたように思う。あまり、温かいとはいえない、無機質な部屋。
「ケーキは、お嫌いですか?」
「いいえ」
即答した。加えて言うならば、彼女の用意したものにケチなどつけることはない。セクターは基本的に、好き嫌いがないのだ。流石に、甘いものばかりと言われたら、怯むかも知れないが。
でもケーキだけだと、と言いよどむ彼女に、台所を教えてあげると、喜んでそちらの方に彼女は向かった。テーブルの中央に、白い箱を乗せて。開けて良いものか悩んでいると、すぐに作りますから、と軽やかな声が返ってきた。そういえば、フェアの料理は食したことがあれど、彼女の料理は食べたことがない。彼女の作る野菜、ならば幾度も食べたのだが。
食事に頓着しない所為か、あまり作るという作業を好んでいないだけあって、誰かが作ってくれるというのは良いと思う。思うが、彼女に求めるのは身勝手だ。始めに拒絶したのはこちらだと言うのに。それでも、尚、献身的な態度を見せられると、どうにも複雑な心地になる。どうして、と問い質せずに、今に至っている。
(聖夜、か)
「え、なんですか?」
「ああ、いえ。こちらの話です」
ふう、と息を吐く。
『今日は、聖なる夜だから、なにかイイコトがあるよ、先生』
『またそれも、君のお父さんからの受け売りかな?』