別に、構わないとは思うのだ。アーサーとフランシスは旧友である。アントーニョとフランシスもまた幼馴染ではあるが、フランシスはアーサーの世話を焼いていたために兄のような心情を持っているらしい。詳しく聞いたことはないのだが、アーサーがなにかしていると気にかけているような節を見せる。世界の兄さんという自称も伊達ではない。アントーニョが悉くロヴィーノのことを気にすることとなんら変わりはないだろう。
「今年はなにもせぇへんの?」
例年のようにエイプリルフールはなにか楽しいことをしているフランシスは今日は家にいた。どうしているのか少し心配して電話をかけたら呼び出されたので、ここまで来た次第だ。
向かった先のフランシスの家で出されたのは、ラム酒のよく効いたサヴァランだった。普段からその辺にあるマドレーヌだのなんだのを出されることはあるが、上等な菓子だったのでわけを聞けば、なんでも遅れた『ホワイトデー』にということらしい。聞き覚えのないホワイトデーとやらとはなにかとアントーニョが問うてみたところ、バレンタインデーのお返しをする日本の習慣だと教えてもらった。律儀で真面目な菊のところらしい習慣だ。こちらはなにも用意していなかったのだが、せっかくの好意だということでありがたく頂戴することにした。フランス菓子はいつ食べても美味しい。スポンジにはラム酒が浸透しており、甘さは少し控え目だが大人っぽい味わいだ。
「なに、なんか期待してた? お兄さん、期待には応える方だけど」
思えばクリスマスだろうとなんだろうと、フランシスはアーサーにちょっかいばかり出している。こちらに変なことをされても困ると言えば困るので、矛先が向かないことはありがたい。ロヴィーノやフェリシアーノにあまり向かないのもうれしい。
ふうん、とアントーニョは呟いた。
「せやったら、俺が騙したるわ」
にこりとほほえむと、目の前に座っているフランシスはじっとこちらを見つめていた。
「お前が?」
「そう言うてるやん」
フォークを持ったまま伸びをして言うと、フランシスは胡乱な目付きになった。まさか、と言いたそうな表情だ。しかしながらイベントがある日に手ぶらで来ているなどとは思って欲しくないものである。
「はは〜ん。フランシス、信じてへんやろ。ほんなら今から嘘言うけどなぁ、どっかにホンマのこと混ぜとくさかい、ホンマのことだけ探しぃや」
最後の一欠片を生クリームと一緒に口に運ぶ。ラム酒が口の中にじわりと残った。
「嘘と本当、ね。お前がそんな高度なことできるなんて、お兄さんには思えないけどなぁ……」
過去に、アントーニョもフランシスを騙そうと画策したことは少なくない。しかしアントーニョよりは一枚も二枚も上手のフランシスだ、失敗に終わってばかりだった。それなのにこちらは気づかない内に騙されているという始末である。ロヴィーノに突っ込まれなければちっとも気がつかなかったというようなこともあった。
「いいよ、乗ってあげようじゃないの。でも、俺ができたらどうする?」
フランシスは自信ありげにほほえんだ。今までの経験からなのだろう。優雅にカフェ・オ・レを口に運んで余裕そうにしていた。勝負ということだな、とアントーニョは思う。たまにはこちらも一泡吹かせてやらねば親分の名が廃るというものだ。
「……せやな、フランシスが勝ったら、なんでも言うこと聞いたるわ」
子供っぽいが、賭事の定番だろう。人間だったらテストの点数を競うとかしていると、お向かいの学生さんから聞いたことがあった。そしてそこでもやはり、敗者は勝者の言うことを聞かねばならないという。何百年も昔からフランシスとアントーニョがしている遊びは、現代においても変わらないらしい。
「それが嘘じゃないよね?」
フランシスは目を細めて尋ねた。乗ってきたようだ。この手のゲームには反応がよいフランシスらしいと思いながら、アントーニョも視線を合わせてほほえむ。
「負けたらっちゅうのは、嘘やない」
勝者と敗者のルールについて嘘があったら、勝負がおもしろくない。
「その言葉、忘れるなよ〜、アントーニョ? いいよ。やってみてごらん?」
フランシスはカフェ・オ・レを机に下ろすと、両手で頬杖をついて口角を上げた。それが、勝負の合図だ。アントーニョは少し笑って、同じように頬杖をついた。そうして、ほほえむ。
「昨日ロヴィーノが、俺のこと好きやって素直に言うてくれたん」
「え、は……っ?」
急にフランシスは目を丸くして驚いたような表情を見せた。
「フェリちゃんも俺と結婚してくれる言うてたし」
「ちょ、待って、アントーニョ」
制止の言葉は聞かずに、アントーニョは言葉をただ続けていく。
「うちの銀行、破産してしもた」
「ええええええっ!?」
破顔して言うと、フランシスの叫ぶような声がリビングに響いた。
「俺も身売りせなアカンて王様に言われたわぁ」
「み、身売り!?」
アントーニョはくすくすと笑って、次の言葉を紡ぐ。
「アーサーが昨日会議に来ぇへんかったんわ、倒れた所為やって聞いたで」
「たしかに昨日いなかったけど――マジ?」
真剣な表情をしたので、少し気にかかった。けれど無駄な言葉を出してはいけないと思って、口には出さない。
「アルフレッドと俺、最近和解したん」
「まさか!」
その昔に自分を嘲笑うようにすべてを奪っていった子供のことを思い出してみる。そういえば、昔はフランシスと独立を支援してやったのにとかそんなことを思い出した。
「ところでアーサーんとこ見舞い行かへんの? アルフレッド忙しゅうて見舞いに行かれへんらしいけど」
「って言いながら来てくれるでしょ、あの子は」
アントーニョとは異なりアルフレッドと仲良くやっているフランシスは、心持ちやわらかい表情になった。
「でもイヴァンが核攻撃の準備しとるらしいから」
「えええっ! もうなにそれどうなってるの? 嘘でしょそれはさすがに!」
彼は核を持っているからいいけれど、こちらにはそういう物はない。いざという時にはどうすればいいのだろうか。果たしてフランシスは守ってくれるのだろうか、とか考えてみる。
(守ってくれるやろうなぁ、お隣さんやし)
「さぁ? アルフレッドの情報やし、向こうさんのことは詳しないねん」
「ああもうまたキューバなの!?」
キューバ危機については、知らない者もいないだろう。ああいう事態はたしかに避けたいものだし、フランシスの叫びは理解できた。
「自由の女神が崩壊したらしいで」
「そんなわけ……」
「映画で」
「よくある!」
「ロヴィーノに迫られたんやけど」
「うえっ!?」
「パスタ作れって」
「紛らわしい!」
「……なに言うとるん? よぅ分からんけど、フランシスが早とちりなだけやで。あ、こん前アーサーがトマト味の紅茶淹れて謝罪してくれてん」
「どんな紅茶なの!?」
「真っ赤やった」
「ホラー!」
「でも美味しかったで」
「嘘でしょ!」
「今何個目でしょうか?」
「どこのクイズ番組!?」
「ぶっ、あっはははは……、フランシスおもろいなぁ、やっぱ」
アントーニョは机に乗せた腕に顔を沈めて、空いた手で机をバンバンと叩いた。フランシスの反応がいちいち楽しいので最後の方では適当に喋ってしまったが、もともと嘘と真実を織り交ぜるというコンセプトなのだから大丈夫だろう。
「フランシス、なぁ、分かった?」
顔を上げて尋ねると、フランシスは眉根を寄せた。
「ちょ、アントーニョ、今のは卑怯でしょ」
「なんでや?」
なにか妙な手を使っただろうかと首を傾げる。
「なんでって……ロヴィーノのこと出すのはどうなわけ? お兄さん動揺するじゃないの」
「ロヴィーノのことで動揺するん?」
「そりゃあまぁ……」
「アーサーは?」
「はぁ? 眉毛? なに、アントーニョ、あの眉毛が気になるわけ!? ちょっと、お兄さん今からアイツのこと殴りにいかないといけないかな……」
じっと目を見てみたが、どうやら嘘を言っているようではなさそうだ。なんとなく安心して笑うと「なに笑ってるの」と額を小突かれた。
「せやね。ちょうどえぇから、二人で殴りに行こか!」
アントーニョが立ち上がって背を向けると、後ろから不思議そうな声音で名前を呼ばれた。
「なに、急にどうか――」
「う、そ、や、で」
くるんと振り返って笑うと、またフランシスはぎょっとしたように目を丸くした。その表情がおもしろかったので、アントーニョはまたくすくすと笑う。今日のフランシスはおもしろい。今までのような大きな嘘をつくことに固執する姿勢が、今まで負け越していた原因だったのだろう。笑っている内に、フランシスがテーブルに突っ伏した。
「……負けた。お兄さんの完敗。好きなこと言っていいよ、アントーニョ」
「ほんなら〜、今日一日甘やかしてもらおかな〜」
「え、なにそれ。俺得?」
「ロヴィーノにも今日のフランシスは俺の召使やで〜ってメールしとこ」
「ちょっと! ロヴィーノの話題はもう勘弁してちょうだい!」
※お互いに眉毛と子分様に嫉妬していてお互いにさして気づいていない話です。
補足しないと分かりにくい話ですみません。
(正確に言えば、兄ちゃんは自分が嫉妬していることには気づいている)
(親分は自分でも気づいていないし、相手もさっぱり)