same color


 くるくるとボウルをかき混ぜている横でロヴィーノは残ったチョコレートを物欲しげに見つめている。食べたらアカン、とは言い含めてあるが目を離したら口に入れてしまいそうだ。
「アントーニョ、まだかよ」
「それ、さっきも言っとったやろ。まだまだやって」
 ロヴィーノはつまらなそうに顔を背けた。チョコレートを作ると言ったら寄ってきたから、てっきり手伝いでもしてくれるのかと思えば完成したチョコレートが目当てだったようだ。そうかと思えば沸騰した鍋には不用意に近づいたりするのだから、危なっかしい。好奇心が旺盛というわけでもないのだろうが、ふらふらとしているのだ。
 そちらを意識の片隅に置きつつ、アントーニョは時計を気にする。出かけてまだそれほど経っていないから平気だろうが、特に何時までと言っていたわけではない。焼ければすぐにでも出せるからよいけれど、スピードアップした方がいいだろう。ロヴィーノに少しかまけすぎた。
「なぁ、これは食っていいのか?」
 綺麗な箱を見つけたロヴィーノは、カタカタと振ってその蓋を開けた。
「トリュフ? あぁ、それはえぇけど……」
 バレンタインだからね、と子分のひとりが持ってきてくれた物だ。親分を敬ってくれるのは、ベルギーくらいかもしれない。
「美味い!」
 白いトリュフを口に入れると、ロヴィーノの瞳が輝いた。つづけて指先は、隣の焦茶色のトリュフへと移る。
「ちょ、待ちぃや。全部食べたらアカンで? それはな、親分がもらったもんや!」
 ロヴィーノにも白いの1個くらいあげてな、とは言っていたがいちおうアントーニョのためにと渡してくれた物である。まだ食べてもいない。それを巡って一悶着あったことをぼんやり思い返した。ベルギーは自分にとって子分なのであって、他意はないのだ。そう言っても意外に嫉妬深いのか不満そうに綺麗な箱を睨んでいたアーサーを思い出して溜息がこぼれた。気持ちは分からないでもないが、ああもガミガミと上から言われたら反発する気持ちの方が強くなる。結局言い争ったのも仕方がないことだろう。
 そんなことがあったから、アーサーは今朝早くアルフレッドを連れて映画になど出かけたのだ。なにもこんな日に喧嘩しなくても、と思わないでもない。しかし喧嘩ばかりなのも事実だ。
(相性悪いんかな)
 うーん、と首をかしげて考えてみる。
「これ、美味いぞ」
「っだああ! なに食べとんねん!」
 最後の一個を手にしていたのでアントーニョは持っていたボウルをテーブルに預けて、慌ててそれを取り上げた。そのまま口に放り込む。甘いトリュフの香りが鼻を抜ける。上品な味わいが舌先で蕩けた。洋酒を使っているのか、味わいは大人っぽくて上品だ。
(……洋酒?)
 慌てて中に入っていた内容説明を見ると、茶色いトリュフにはブランデーが入っているとの記述があった。トリュフは4つで、アントーニョが食べたのは最後の1つだけ。
「アントーニョー、はやくちょこつくれよ、ひくしょー」
「お前、酔っとるやろ!」
 見ると丸い瞳がとろんとしている。まだ幼いロヴィーノには洋酒入りのトリュフでも酔ってしまうのだろう。迂闊だった。わざわざベルギーが白いのと言っていたのだから、それを確認しておけばよかったのだ。アントーニョは額を右手で押さえる。酔っ払ったロヴィーノはフラフラした様子でアントーニョのセーターをひっつかんだ。
「チョコ! チョコ食わせろこのやろー」
「なに言うとるんや、この子は……」
「ずるいぞーアイツばっかり!! 俺にもよこせこのやろー!」
「や、やめぇや! 伸びる、セーター伸びるやろ!!」
「チョーコーよーこーせーよー、このやろー!」
 びよびよとセーターを小さい指先が引っ張る。アントーニョはロヴィーノの言葉に困惑した。
「なんやの、ロヴィーノ。もしかして、妬いとるん?」
「俺にもちょこよこせ、このやろー!!!」
 セーターから手が離れたと思えば腰のあたりにタックルされた。体勢を崩しかけたアントーニョが慌てると、腕がぎゅうっと回される。
「しゃあないなぁ、ロヴィは甘えたやからなぁ」
 相変わらずロヴィーノは世界一可愛いと思いながらアントーニョが頭を撫でると、ロヴィーノは顔をぎゅむっと押し付けた。
「ロヴィーノの分も作ったるから、待っとってな。ほら、ソファに行きぃ」
「はやくつくれよこのやろー」
「ロヴィ、ほら、向こう」
 細い腕がつかんで離さないのでアントーニョは困ってしまった。無理に引き剥がすということはアントーニョにはできない。溶かしたチョコレートが固まっていくのではないだろうかと思った。仕方ない、と思ってしまう。この子はなによりも可愛い、誰よりも大切だ。分かりきっていること。
 頭を撫でると、指先に込められた力が強くなった。ぎゅっとセーターの裾を握りしめる。なんだかずっとこうしていてもいいような気がしてきた。サラサラの髪を撫でていれば、ロヴィーノは押し黙ってアントーニョにしがみついているばかりだ。
「ただいまなんだぞ!」
「おい、アルフレッド、家ん中で走るな!」
「アントーニョー! これ……」
 甘い香りを嗅ぎつけてか、アルフレッドが台所まで駆けてきた。そしてボウルに入ったチョコレートと、アントーニョと、しがみついているロヴィーノをじっと見つめる。
「これ、お土産なんだぞ! アーサーに買ってもらったんだぞ!」
 結局その光景はスルーしたらしく、黒い紙袋をアントーニョに見えるように掲げた。それがなにか、アントーニョは中身を見なくても分かってしまった。立ち込めている香りと同じく甘い物。
「おい、アル、それはお前に――」
「アントーニョの分だぞ、だって」
 黒い袋から出てきたのは、綺麗な緑色の箱だった。
「アントーニョの目と、おんなじ色してる」
 数秒止まって、アントーニョは笑った。
「せっやなぁ……ありがとな、アルフレッド」
 おいでおいでと手招けば、アルフレッドもアントーニョの方に寄ってくる。近づいた金色の髪に手を置くと、くすぐったそうに笑った。後を追ってきたアーサーは怪訝そうな目でこちらを見やる。
「おい……なんでロヴィーノはひっついてんだ」
「この子なぁ、ちょーっと酔っ払っとんねん」
 気づくとロヴィーノはうとうとしているかのように身体がふらふらとしていた。大丈夫かと思って心配したが、しがみつく腕の力は変わらず、身体は支えられているようだ。
「はあ? ったく、コイツは本当にお前にべたべたと……」
「えぇやろ、子供なんやから。ロヴィーノ悪く言うんは、許さへんで」
 ふん、とアーサーは顔を背けた。
「……なんだよ、これ」
 視線はボウルに移る。
「……あげるわ」
 なんだかもう作るのも面倒になってきた。帰ってくるまでに作るつもりではあったが、ロヴィーノがひっついてしまってからというものの、もう動けないし動く気にもならず、随分と台所につったっているだけだ。
「これをか!?」
「ロヴィーノがこうなってもうて、俺動けへんねん。まぁ、それでも美味しいやろ」
 溶かしたチョコレートに生クリームとバターと洋酒を加えてある。固まってきたら丸めて冷やしてトリュフにするのだが、それはつまり、そのままでも味は同じだということになるのだ。
「アホかあああ!」
 しかしながら、形というものは案外重要なのである。固形ですらない液状の物体を「はいこれ」と渡されても困るのだ。しかもボウルごと。
「ハッピーバレンタイン」
 分かっていたが、もう気力がないのでアントーニョはできるだけ綺麗な笑顔を作った。
「どこがハッピーなんだよ!」
「……眉毛?」
 ことりと首を傾げれば、眉毛ことアーサーからはツッコミが入れられる。
「しかも疑問形かよ!」
「えぇやん。せや、後でチュロス作ってつけたらどうや?」
「そこまですんなら、作れよ……」
 それもそうだな、とアントーニョは思った。
「チョコ、おおきに」
「……。ああ」
「ベルんとこのチョコ、美味かったで」
「今それを言うのかよ、お前」
 蒸し返すな、とアーサーが睨みつけるのでなんだかアントーニョはなんだかおかしくなった。幸せなバレンタインじゃないか、と思うのだ。

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