サイレントナイト


*なんとなく現代パロ的ですが、舞台が日本だという以外いつも通りです。

「お前、なにしてんだよ……」
 赤い帽子に赤い上下の衣服。その身に纏っているものを見れば今年も季節が巡ってきたこと感じる。
「あれ、ロヴィ? なにて――、サンタさんやで!」
 似合っとる? などと無邪気に笑顔を浮かべて言われてロヴィーノは脱力した。アントーニョの言う通りである。彼の格好はどこぞの国のCMが世界中にイメージを植えつけたあのサンタクロースのそれだった。白い髭こそついていないが、子供たちにもサンタだと呼ばれている。
「そういう意味じゃねぇよ! な、ん、で、お前がここでサンタしてるんだってことだ」
「あーえと、ボランティア? バイトの子が風邪で休んで困っとるって聞いてなぁ。ほんなら、親分が一肌脱いだろう思て!」
「時給すら貰わねぇのか……」
 呆れるロヴィーノを尻目に、アントーニョは道行くスーツ姿の男性に声をかける。「ケーキ買って帰ったらお子さん喜ぶでぇ!」などとにこにこ笑顔で言われて、男は立ち止まった。なんだか先ほどからこの無邪気で明るいサンタは目立っている気がする。
「あ、そこのお姉さんもどうやろ? 甘くて美味しいで〜」
 別にアントーニョはナンパをしているわけではないのだが、二人連れだった女性が立ち止まって「可愛いサンタ〜!」などと言っているのを聞くと苛立ってきた。たしかに可愛い。
「おい、アントーニョ!」
 右手首を掴んで、逆の手で肩をこちら側に引き寄せる。驚いたらしいアントーニョが「おおわっ!?」と妙な声を上げた。
「いつまで手伝うつもりだ」
 耳元で囁くように尋ねると、アントーニョは首を傾げた。
「売り終わるまで、やない?」
「クリスマス祝わねぇのかよ、クリスチャンのくせに」
「え、まぁ、帰ったらケーキくらいはあるで? せやけど、一人きりやからなぁ……家におるもおらんも変わらんわ」
「――来てやったのにか」
 緑色の瞳がこちらをじっと見つめる。言葉の意味を理解していないようにまばたきしたのでロヴィーノは軽く溜息をついた。俺が、と主語を補ってやると、ようやく理解したのか突然アントーニョは破顔した。
「ほ、ホンマに!? っ、うれしいわぁぁッッ!!」
 アントーニョの声が予想以上に大きかったため、ロヴィーノは驚いた。表情豊かな彼らしい素直な喜び方だ。リップサービスなどではないことがよく分かる。
「ほんなら、いっぱい食事の準備しとけば良かったわぁ! あ、ワインは上等なん用意してあるんやで。ケーキもおっきいの買ってもうたからどないしよ〜思てて……」
 火がついたように喋り始めるアントーニョの言葉を聞きつつ、ロヴィーノは少し周囲に目を向けた。なんだか目立っている。ただでさえ、相手はサンタに扮しているケーキの売り子だというのに。しかし営業妨害どころか人が集まってきていたので、誰からも文句は言われていない。隣でアントーニョが手伝うケーキ屋の店主らしき中年の男性が増えた客に慌ただしくケーキを売っている。
「あ、でもな……、手伝うて約束してもうてるから、待っとってなぁ」
 本人はほんの少し的なつもりだろうが傍からみるとあからさまに、アントーニョは残念そうな表情を見せた。少し気分を良くしたロヴィーノは「遅くなりそうだから帰る」とでも言ってやろうかと上機嫌に頭の中で算段してみた。今のアントーニョならば涙目になりそうな気がする。しかしそんな悪戯のような計画はあっさり頓挫してしまった。
「もうケーキも少ないですから、上がって平気ですよ」
 背後から店主の奥様か知らないが、年齢的に店主と同じくらいの女性が現れてアントーニョの肩を叩いたのである。
「え、せやかて――」
「せっかく弟さんがいらしてくれたんでしょう? こちらは平気ですから、家族でゆっくり過ごしてくださいな」
 別に自分は弟ではないのだが、ここで関係を公言しても無益なのでロヴィーノは黙って女性の言葉を聞いていた。アントーニョはそんな言葉など気にも留めていないだろう。むしろ積極的に弟のような存在として人に語っている可能性大である。アントーニョのやりそうなことなどロヴィーノには容易に想像できた。
 アントーニョはなにか言葉を求めるようにこちらに目を向けた。手伝うと言ったのに途中で投げ出すのはよろしくないとか、ロヴィーノばかりを優先してはいけないだろうとか、なんだかそんなことであろうと推測する。けれどこっちに目を向けたのなら、欲しい言葉なんて一つだろう。
「好意に甘えればいいだろ。――美しい奥様、ありがとうございます」
 ロヴィーノは基本的にフェミニストである。アントーニョから手を離し、女性の方に視線を向け、右手を取って頭を下げた。女性は「美しいだなんて……!」と手を横に振る。独身女性ならばこの場で口説くこともあろうが、さすがに旦那らしき人の前では失礼だろう。アントーニョと違い、ロヴィーノは空気を読んで手を離した。
「ホンマにすみません……。あ、せや、ケーキ一個買うていくわ! ここのケーキむっちゃうまいしなぁ!」
 指さしたのは真っ白な定番の苺と生クリームのケーキ。にこっとアントーニョはうれしそうにほほえむ。集まっていた周囲がざわりとした。自慢ではないが、アントーニョの笑顔は大変可愛らしいとロヴィーノは深く信じている。邪気のない笑みは周囲を時に魅了するのだ。じゃあ買って行こうかななどと言う声が後ろから聞こえたのは正しくその証左である。
「いいよ、持っていきな」
「それはアカン! 途中で抜けるんはホンマに申し訳ないんや。せめて買わせたって!」
「じゃあ、二割引だ。手伝ってくれてありがとうな」
「おおきに!」
 割引はアリなのか。アントーニョの思考回路はいまだにロヴィーノにもよく分からない。ケーキを受け取ったアントーニョはまたにこりとこちらにほほえんだ。
「すっかり寒くなってしもたわ。早く帰ろうな、ロヴィ」
 ふわりとほほえんでそう言うとアントーニョは歩き始めた。ロヴィーノも振り返らずにその後ろを追っていく。少しして並んだ。
「な、ロヴィーノ、フェリちゃんはどうしたん? 家族で過ごさんの?」
「あいつなら、じゃがいも野郎のところに行った」
 今でも苦手な相手のことを思い出してロヴィーノは眉間に皺を寄せた。どうしても弟はルートヴィヒになついているのである。
「え? なんでやの?」
 横に向いた視線に、知るかよ、と言ってみたが心当たりがないわけではない。フェリシアーノはぼやぼやとしているように見えるが、あれでなかなか敏い。気を利かせて出かけると言ったようにロヴィーノには思われた。ロヴィーノが昔から延々とアントーニョのことを想っていることをフェリシアーノは知っている。クリスマスは家族と過ごすもので、アントーニョには家族のような存在もいなくて、けれど、昔子分だと呼ばれていた(正確に言えば今でも子分だとアントーニョは言う)自分くらい、家族のように振舞ってもいいのではないかと少し思ったのだ。そんなことを思って「アイツ、独りなんだな」とつぶやいたのを、フェリシアーノは聞いていた。
「フェリちゃんにとったら、ルートヴィヒもローデリヒも家族みたいなもんなのかもしれんなぁ」
 ルートヴィヒはともかく、済ました貴族のような顔をしたローデリヒのことを思い出して、なんとなくロヴィーノは複雑な気持ちになった。あの男はフランシスほどに苦手ではないが、ちょっと近づきがたいし話題にしがたいのだ。
 アントーニョの吐く息は白い。コートも着ていないので寒そうだった。まさか身一つで来たのだろうかと思って首をひねる。
「寒くないのか、お前」
「寒いで。やから、今日の親分はぬくぬくじゃないんやで」
 日頃、子供体温だと言われていることを気にしているのか、冷えた身体をまるで自慢気に言うのでロヴィーノは呆れた。そういう態度が子どもっぽいのではないだろうか。
「ふふっ、ロヴィはなんやあったかそうやね」
 また白い息が夜空に溶ける。なんてことのないそんな光景に鼓動が高鳴った。
「……風邪引くぞ」
 立ち止まるとアントーニョはつられたように立ち止まった。ロヴィーノは巻いていた緑色のマフラーをとって、アントーニョの首元にぐるぐると巻きつけた。赤いサンタの洋服と併せて、ますますクリスマスの色合いだ。
「おおきに。でも、ロヴィは平気なん?」
 アントーニョの手が不意にロヴィーノの手に触れた。
「な、なんやの、ロヴィ、こないに冷えとったん?」
 冷え切っているかと思われたアントーニョの指先は、まるでいつものように温かかった。そのことに驚いて、自分の手の冷たさにも同時に驚かされた。ポケットに両手を突っ込んでいても、冷えるものは冷えるということらしい。
「やっぱり、マフラー返した方が……」
 アントーニョは眉間に皺を寄せながらマフラーを見つめてつぶやいた。
「手には関係ねぇだろ、バカ。だったら――」
 触れているだけだった指先を掴んで、自分のそれと絡ませた。
「こうすればいいだけだろ」
 ついでに手を前に振ると、アントーニョは「うぉわっ」と変な声を上げて少しつんのめった。しかしすぐに少し笑って声がつづく。
「こうしとると、なんや、恋人みたいやなぁ」
 それはどこか他人ごとめいて言われたのでロヴィーノは少し苛立ちを含ませて横を睨んだ。しかしアントーニョの頬が紅く染まっているのを見て言葉を失う。寒い所為かもしれない。コートも着ていないような格好ではマフラー一つで暖まるわけがないし、掴んだ手の熱こそがアンバランスに思われるのだから。それでも希望的観測を含めて、温かな手を強く握った。

 部屋に入ればすぐにでも暖が取れるというものでもない、というのが一人部屋の辛いところだろう。外は吐く息が白かったことと比べればまだよい方だろうけれど、ひやっとした空気にロヴィーノは思わず舌打ちをしそうになった。先に入っていったアントーニョはぱたぱたと廊下を進んでリビングに灯りをつけ、ついでガスストーブに火をつける。独りで暮らす部屋というのは存外寂しいものだと思った。冷たい廊下にはなにも置かれていなくて、自分がアントーニョといたころにはもっと明るかったような気がするリビングにたどり着いて目を細めてみた。すっかり外は暗くて、アントーニョはスカイブルーのカーテンを閉めている。その様子から、ボランティアに駆りだされたのはまだ日が明るいうちだったのだろうと推測した。
「待っとってや、ロヴィ。食べるん、すぐ用意するからなぁ」
 アントーニョは着替えもせずに上機嫌で台所に向かう。クリスマスだからサンタクロースの格好をしたままでも問題ないだろうとはロヴィーノも思った。しかしなんというか、気にならないではない。
「お前、もう少し危機意識持てよ」
「? なにがやの?」
 婉曲的に言えば伝わるということはおおよそない、というのがアントーニョである。要は鈍感だというだけなのだが。贔屓目が入っていることは否定しないが、アントーニョは歳の割に顔立ちが可愛い。女の子たちが『可愛いサンタ』と言うのも無理からぬことだ。顔立ちもそうだが、その上いつも笑顔で醸しだすやわらかな雰囲気もあいまって多くの人が気を許してしまうのである。外をフラフラしていると心配になってしまうのだ。つまりロヴィーノが言いたいことは、あんまり可愛い格好を人前に晒すなということである。そのまま言うと嫉妬しているのが分かりやすすぎるので、言いたくない。
「なんでもねぇよ! とっととケーキでも出せ」
 ロヴィーノは乱暴にダイニングの椅子に座って腕を組んだ。上述のようなことを言ったとてアントーニョの暢気で迂闊で危機意識のない性質は変わりやしないのだと知っている。それでもなにも言わずにいられないのだが、つまらない嫉妬など悟られてもなににもならない。ただでさえ相手は親分と称して兄だか親だかそんな風に年上ぶっているのだ。これ以上の醜態を晒すのは御免蒙りたい。そうして出たのが我儘ないつもの発言であったのだが、もうそれはいまさらなのである。
「ケーキはご飯の後やでぇ? ふふ、ロヴィーノがいてくれるなら七面鳥でも用意すればよかったなぁ。あ、それよかトマトのパスタ? なぁロヴィ、ピッツァもいる?」
 アントーニョはいつだってロヴィーノをもてなそうとしてくれる。なにもしなくても、なにもなくても、そこに彼がいるならばそれだけでいいのに。そう思っているけれど、そんなこと言えたらやはり苦労しない。いずれにしてもこういう日に問答無用で内に入れるのはやはり、自分が子分と呼ばれるような存在だからなのだとロヴィーノは認識している。アントーニョはクリスチャンで、恋人と過ごす日などとクリスマスをカウントしていないから。かと言ってロヴィーノとて、クリスマスだから恋人と過ごしたいというのではない。ただ傍に居たいだけだ。そうやって口実を探している、いつでも。
「ベルとか、ランも呼べばよかったな」
 あまりに上機嫌な様子にふと口をついて出た。ロヴィーノは冷えた指先を握ったり開いたりしてなんとか熱を取り戻そうと試みる。ストーブの火がついたから、部屋は急速に暖まりつつある。アントーニョが家族のように考えている彼らも呼べば、自分がいるだけよりはうれしいのかもしれない。手を握ってそんなことを思った。それは卑屈ではなくて、アントーニョはそういう絆を大切にするという程度の話である。そしてまた指を伸ばした。
「えぇんやって、別にそんなんは! ロヴィーノがいてくれるだけでな、そんだけで十分なんやで」
 そのようなロヴィーノの認識は決して誤りではない。アントーニョは一度自分の懐に入れた人間の力になろうとする人だし、そのために力を尽くしてもくれる。あの二人も例外ではない。それなのにその癖、自分だけでいいみたいにアントーニョはあっさりと言うのだ。本当に敵わない。
 恋人になるより以前からそうだった。一番に可愛がってくれていたことなどロヴィーノはずっと知っている。それがただの親愛であっても、ただずっとそうして過ごしていられるならそれでいいと思わせるようなやわらかい感情だった。満たされているときはそれで十分だと思わせるようなそういう類のものだ。態度が変わらないから、たまにただの延長線上としての感情でしかないのではないかと不安にもなる。
「アントーニョ」
「どうかしたん?」
 ひょいと台所からアントーニョは顔を出した。いつのまにか黒いエプロンをサンタ服の上からつけている。なかなか奇妙な格好だ。
「たいしたもんじゃねぇけど」
 テーブルの上に紙袋を置いた。アントーニョはまばたきをしてじっとそれを見つめているばかりだ。
「クリスマスプレゼントだよ、気づけコノヤロウ!」
「え? ええっ? そうなん!?」
 すぐに近づくとそぉっとアントーニョは赤いリボンのついた紙袋に触った。サンタクロースがプレゼントを貰うとは、これまた奇妙な光景だ。
「開けても……えぇの?」
「他に誰が開けるんだよ」
 アントーニョは花が開いたように笑って、ゆっくりと袋に手を掛けた。なんとなく気恥ずかしいので目を逸らす。なにをあげたらアントーニョが喜ぶかということはロヴィーノはよく知っている。そして『ロヴィーノのあげたもの』という付加価値がつけばアントーニョがもっとも喜ぶことも分かっているのだ。効果的なことを知っているけれど微かに残る緊張感はむしろ甘い。甘ったるい。考えて思考が女々しいことにロヴィーノは自分で自分に苛立った。
 恋におちて、人がどのように変わるかは千差万別であろうけれども、アントーニョなどは変わらない性質であろう。自分ばかりがいろいろなことを気にしているような気もした。そう思うと無性に腹立たしくなったり落ち込んだり悩んだりぐずぐずとしている。かと思えば、アントーニョが笑うだけでも心が軽くなったりもするし、頬を赤らめてこちらを意識してくれていることを知ると愛しさが募るのだ。恋は迷走しているようである。
「おぉぉ……ブランケットやね! うれしいわぁ。シエスタのときに使わせてもらお! ありがとなぁ、ロヴィ」
 目を輝かせてうれしそうに白いブランケットを抱きしめたアントーニョだが、ぱっと顔が曇った。
「ロヴィが来てくれるなんて思っとらんかったから、なんも用意ないわ……あ、せや」
 待っとってなぁ、と言ってアントーニョは急に去っていった。向こうからのリターンは端から期待していなかったロヴィーノである。なにせ予告もなにもなしに(半ばサプライズ的に)押しかけたのだから、向こうが用意していたらそれはもはやエスパーとしか思えまい。
 部屋に戻ったアントーニョはなにやらゴソゴソと音を立てている。いったいなにをしているのか気になったが、待っていろと言うのだから来るなということだろうと思ってロヴィーノは待機していた。もう夜も更けてきている。このままではいつになったら夕食にありつけるのか分からない。それでもいいかと思っている部分もある。
「お待たせなぁ〜、えぇもんがあったんやでぇ」
 そういうアントーニョが抱えてきたのは、小さな子供用のピアノだった。なんだこれはとロヴィーノは首を傾げるばかりである。赤い、まるで女の子が使うような子供用のピアノは、ロヴィーノも見たことがないものだった。もしかしたらベル辺りが使っていたのかもしれない。
「久々やからうまく弾けるかわからんけど……」
 そう云うなりアントーニョは座って、床に下ろしたピアノの鍵盤を人差し指でたたき始めた。聞き覚えのあるメロディが耳を通り抜けていく。とは言っても、音楽には造詣が深くない。聞き覚えがあるというだけで、その題名までは分からなかった。あるいはローデリヒならば、と思う。否、むしろそれが根源であるような気がしてきた。だいたい、アントーニョはピアノを弾けるようなタイプではない。そしてアントーニョの身近でピアノを弾いていると言ったら、必然的にあの男しかいないのだ。それでもクリスマスソングでもないその曲が、聖夜には相応しく聞こえた。心地良く耳に馴染んでいる。
「ロディが、昔教えてくれたんやで。『主よ人の望みの喜びを』や。まぁ、クリスマスソングでもないんやけどな。これしか弾けへんのやぁ。プレゼント代わりに――ならへん、かな?」
 鍵盤から指先を離して、アントーニョは首をことりと傾げる。
「っば――、なるかっ、この、ヤロウ! どこがプレゼントだ!」
「うおう、予想通りの反応や。やって、一発芸なんてあらへんし……」
 なにが一発芸だ。プレゼントをなんだと勘違いしているのか、この恋人は。ロヴィーノは呆れた。
「来年だ!」
 ロヴィーノは椅子から立ち、アントーニョの額に人差し指を突きつける。
「へ?」
「来年はちゃんと用意しておけよ、チクショウ」
 アントーニョはきょとんとした様子でこちらを見ていた。くりかえされるまばたきは、発言の意図を理解していない証である。ロヴィーノは小さく息を吸った。
「来年はウチに来い。そん次は、またお前の家だ。クリスマスは順番に家に行く――分かったか、コノヤロウ」
 そのまま人差し指で額をつついた。痛ッ、と言ってアントーニョは額を右手で押さえた。視線はこちらを向く。
「ずっと……?」
 言わなくてもいいのにいちいち言葉にするな、と思う。手を離したアントーニョはまっすぐにこちらを見つめた。貫くまなざしはとても強く、それでいて不思議とどこか縋りつくような希うようなそんな色を併せて持っている。
 未来を約するのは難しい。それでもまだとか、永遠とかを祈ってしまうのだ。刹那的な感情ではないことを知っている。ロヴィーノはずっとアントーニョだけを見ていて、彼もまたロヴィーノを強く想っているのだから。毎日のようにくちづけては明日を約束するのもいいかもしれないけれど、なにをしたって不確実だ。そういう意味では言葉に意味なんてないしなんの価値もない。
「そうだよ! 嫌か!」
 それでも叫ばずにはいられないのも、性分だろう。
 至近距離まで顔を近づけて言うと、アントーニョは少しだけほほえんだ。
「せやな。ほんなら、来年。来年は、ちゃんと用意するからな」
 それはとても静かな声だった。
「そん次も、次も、ずっと、ずっとやね。絶対に忘れへん」
 緑色の瞳の中に自分だけが映りこんでいる。不意にアントーニョの指先がピアノに触れて甲高い子供のような音が鳴り響いた。それしか聞こえない。これこそが神聖なサイレントナイトのようだった。

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