直感的に思ったことと言えば『似ている』であった。それは西欧人らしい特徴あるブロンドだったからではなく、やや異なっているとはいえ近しいものを感じさせる青い色の瞳だったからでもない。例えばまなざしの鋭さとかもっと観念的な部分にこそ相似は認められる。
「You surprise me! 君、本当にあの、陽の沈まない国なのかい?」
甲高い英語が耳障りだった。ここでは――ラテン『アメリカ』の名を持つ癖に、異端な『アメリカ』の言語に心中だけが笑う。身体の自由はあまり利かない。
先刻、従えていた者たちをその場に置いてアルフレッドはアントーニョを誰もいないところに呼び寄せた。傷つけあうのは趣味じゃないだろうとは言っていたが、自分たちの目から見えなくてもおそらく彼らは戦いをくりひろげているのだろう。きっとまた大地は血で染まっているのだ。同胞の血で。
一騎打ちのような真似をアルフレッドに限らずアントーニョも他の仲間や友人も好んでいた。その理由は判然としないが、人と異なっているというところに意味を見出すことも可能であるように思われる。アントーニョ自身も過去にローデリヒに対して一騎打ちを提案して受け入れられたことがあった。今のアルフレッドもそうであるし、さらに遡ればアーサーのことも思い出される。その疎ましい顔を思い出してアントーニョは言葉を発した。無敵艦隊と倒した後に言ってみたりと失礼なところも似ている。
「昔の話や。お前の『お兄さん』に聞かんかった?」
「やめてくれ、誰が兄だい」
アントーニョがうっすらと開けている瞳の奥にアルフレッドが肩を上げて首を振る姿が映り込む。心底嫌そうにしている姿に恨み深きアーサーの顔がまた過った。また心中だけが笑っている。ここまで嫌われているのを見るのは清々しい。状況はあの時が如く、笑えないのに。
南アメリカにも自由をとは壮大なスローガンだ。つまりスペインの残存する力などすべて排してしまえということである。それをアルフレッドの兄である(あえてそう表現する)アーサーもそれを支援していた。アーサーは今でもなにかがあるのか、スペインの植民地を解放させることにやたらと執心している。いい迷惑だ。
(大英帝国様、の考えることは違うわ)
国力から言えばもはや削ぐべき必要はないはずだ。"Pax Britannica"にいまさら敵う力などありはしない。フランシスならば永年のライバルだから争うのかも知れないが、アントーニョはこちらが恨みこそすれ恨まれるいわれはないつもりである。それともアルフレッドの独立絡みだろうか。
独立と言えば、恩を売ったつもりはないがアルフレッドの独立にはフランシスとアントーニョは明確に支援をしていたという過去がある。それだというのに世紀が変われば恩も失われるというものなのか、足元に倒れているアントーニョに彼が配慮をするようなことは微塵も感じられない。否、国同士に報恩の義務などないかとアントーニョは思い直した。あるのは自国の民のためという大きすぎる大義名分だけ。もしくは上司への責任転嫁でもいい。名前さえ与えられればそれだけで争うことはできる。
「これ以上傷つきたくないなら、降伏した方がいいんじゃないかな? うん、そうだ、俺に跪いてくれればいいよ」
聞き覚えのある言葉に「あはは」と今度こそアントーニョは声に出して笑った。
「ホンマに『お兄さん』そっくりや。跪け、がお好みなんやね、そこの兄弟は」
「え――」
「跪いたりはせぇへん。卑怯なんに折る膝は持ち合わせとらんし、勝手に折れるわけになんて、そもそもいかへん」
それで殴られようと剣を突き立てられようともどうされようとも仕方がないことだ。アントーニョは覚悟をして戦に望んでいる。そういうものなのだ。
「そう。やっぱりアーサーなんだね、君の口から出るのは」
しかしこちらの言葉など耳に入っていないようにアルフレッドが茫洋とつぶやいたので、アントーニョは怪訝に思う。瞳を大きく開いて視線を彼に向けた。そしてどこまでも深い海のようだった瞳の青が不気味な色に変質していることに気づく。
「やっと、こっちを見てくれると思ったのに、アーサーとの昔話?」
「アルフレッド? なん、やの?」
「ずっと太陽の国を見ていたのに、気づいてくれないんだから。だから、仕方ないじゃないか」
「アルフレッド、聞いとる?」
燦めいた刃の光に一瞬アントーニョが驚くと、それは投げ捨てられた。放物線を描くように地面に突き刺さる。まるで映画のワンシーンだ。そしてやはりどこまでもよく似た兄弟。
倒れているアントーニョに白い指先が触れた。その指は顎を軽く持ち上げるとそのままその持ち主から額に口づけを落とされた。まったくアントーニョには意味が分からない行為である。
「そんなに、アーサーに似てるかい?」
至近距離で見た笑顔は思わず胸をつくような痛々しいものだった。まるで勝者と敗者の立場が逆転してしまったみたいに。泣きたいのはきっとこちらのはずだというのに。それでも眼鏡の奥にアントーニョが見るのは緑色の瞳。それが重なっている。
フェリシアーノと似ているというとロヴィーノは怒り出す。遠く思える自分の故郷とその近くにいる、弟分のことが不意に頭を過った。「違うだろ」と怒る。別物だ。別個だ。彼らは違う。自分と彼とは異なる。アルフレッドの言いたいことはそういうことなのだろうかと思った。けれど似ているものはどこまでいっても似ている。憎まれ口ばかりの弟分と芸術を愛する彼の弟も、太陽を落とした海の向こうの海賊と今ここで寂しげな表情を浮かべている彼の弟も。類似性というのはアントーニョにとっては一種の憧憬であった。弟や妹と呼べる存在がいることは羨ましい。アントーニョがロヴィーノを弟だと思い込んでいるのはそのためである。向こうに嫌がられても。
「……忘れたわ、あんな奴」
しかしそれを今ここで言うことははばかられた。だいたいそんな感傷は戦場に似合わない。ただそれだけだ。
「そうかい! じゃあ、ちゃんとこっちを見て欲しいな」
それでもアルフレッドはアントーニョの内心を知ってか知らずか笑顔を明るくさせた。瞳に映ったのは澄みすぎている青い瞳と満面の笑みだけだ。
「見えとる。近すぎや」
「うん、そうだね」
アルフレッドは顔を離すと両手を広げた。そして演説でもするように口を開く。
「植民地なんて古いよ、アントーニョ。もしかして奴隷とかまだやっているのかい?」
「阿呆。今時、そないなことできる国はおらんやろ」
「Business?」
聞き知らない言葉だったのでアントーニョは適当に首を振った。ふうんとアルフレッドはつまらなそうにつぶやく。
「……まぁいいさ、なんでも。もう、覇権はヨーロッパなんかにはない。これからは俺が時代を切り開いていく。俺が正義のヒーローだ。アントーニョ、君も、俺についておいでよ。それなら跪く必要なんかない。俺が守ってあげるさ」
かつての自分を思い出してアントーニョは笑う。気概だけは昔から同じようなものが存在するらしい。
「たった100年で偉い口聞くようになったなぁ」
「時代は若い者に従うべきだ。老いては子に従えって、誰だっけ? 誰か言ってなかった?」
老いたとは随分な言い草だ。けれど昔よりも勢いがないことは事実だった。それこそあの海賊との戦ではもう少しやれたと思ったのに、いつのまにか衰えていることを感じる。アントーニョは目を閉じた。自分が従えた者たちはだんだんと消えていく。得た物が多ければ多いほど痛切にそれを感じられた。あといくつ自分には残っているのだろう。なにもかもがこの手からなくなってしまうのだろうか。それでもどうしようもない。仕方がない。日を追うごとに悲しいくらい諦念ばかりが膨らんでいく。だってもう自分には守る力がないのだ。いっそこのままアルフレッドに従ってしまおうかとすらアントーニョは思う。
「もう、お終いだよ、アントーニョ」
長い指先が今度は頬に触れた。その冷たさにアントーニョが反射的に目を開くと、今度のキスは唇に贈られる。
「どうして策を弄してまで君を追い詰めたのか聞きたいだろうから教えてあげようか。君が好きなんだ」
「すき?」
「LOVEさ。Lは君が僕を『見る』こと」
立ち上がると急にアルフレッドは歌い始めた。アントーニョはあっけに取られてそれを見つめる。
「Oは『たった一人』のため、Vは『とてもとても』素晴らしい、Eは君が崇め讃える神様も『超える』」
軽快なポップスはとてもアルフレッドの国らしいとアントーニョは思った。声も通っていて一流歌手のように歌いこなしている。それももったいぶったものではなくてひたすらに軽妙、軽快。
「Eは君が崇め讃える神様も『超える』」
くりかえしてアルフレッドは言葉を切った。
「LOVE is so happy and wonderful! Do you love me?」
「アルフレッド、英語は」
「It doesn't answer my question!」
またアルフレッドの顔が近づく。まだ幼げな色を残した面立ちに喜色満面で。
「好きだって言えばいいよ。それだけでいい」
君が好きなんだとまたアルフレッドは囁く。ここは寒くてまるで世界の果てのようだとアントーニョは思った。
* 元にしている曲「LOVE」は米西戦争当時にあった楽曲ではありません。