「アルフレッド、風邪引いたーって聞いたんやけど」
アントーニョは大きいが地味なアルフレッドの家に来ていた。アルフレッドの数少ない友人である菊が「アルフレッドさんが風邪を引いて寝込んでいるので、来てあげてくれないでしょうか」と呼んだためである。風邪を引いたというのならば心配だしすぐにでも向かおうとアントーニョは思った。しかしその前に菊にどうして自分に連絡をよこしたのかと尋ねてみた。
『アルフレッドさんが、うわごとでアントーニョさんのことばかり呼んでいましたので、空気を読みました』
「……そう、なん」
『大丈夫ですよ、アントーニョさん。私、そういうことには理解がありますから』
明るい声を聞くと電話を通しているのに笑顔の菊の姿が目に浮かんだ。そういうこととはどういうことだか聞きたくなかったので聞かないでおく。アルフレッドのオープンな性格は知っているが複雑な気持ちだ。しかし「私は帰りますので、早く来てあげてください」と言われたのでともかく出かけることにした。
「アントーニョ? Why? ……どうして、君が」
普段の快活すぎる姿からは想像できないアルフレッドがベッドに寝ていた。心配だという感情もあるのだが、それより物珍しさが勝ってしまう。あのアルフレッドですら風邪を引くのだなと。
「菊から聞いたんや。なんや、鬼の霍乱みたいやなぁ」
笑うと「ひどいよ」と存外に元気そうな声が返ってきたので安心した。閉められたままのカーテンが明るい太陽の光を遮っている。薄暗い部屋はアルフレッドらしくなかった。アントーニョが冷えた手でアルフレッドの額に触れるとまだ熱を持っていることが分かる。高熱ではないが、寝ていた方がいいだろう温度だ。ピークは過ぎているのかもしれない。けれどまだ油断するとぶり返してしまう。
「君って、結構こういうことを平気でするよね」
ぽつんとつぶやくように言われてアントーニョは首を傾げた。
「? あー手で計るん? 体温計で計るん面倒やない? まぁなぁ、ロヴィーノに昔よぅしてたからなぁ。癖みたいなもんや。アーサーはせぇへんかった?」
これも長子的な性質だからだろう。なんの他意もなくやるので指摘されて逆にアントーニョは驚いた。
「されたらキモイよ」
「ひどい言われようやな」
アントーニョは肩をすくめた。ここの兄弟の確執は複雑なものだ。その昔にアーサーが弟を可愛がっていたことは知っている。そしてその弟とやり合った上に弟は独立を勝ち得たのだということも。根幹が同じで世界でも「英米」というくくりにされているというのにアルフレッドはアーサーのことを嫌がるような素振りばかり見せている。分からない。「アルフレッドも紅茶が好きなん?」と聞いたら首を横に振られた。曰く「有り得ないよ!」だ。後で知ったことだが、この兄弟の間では「ボストン茶会事件」なるものが起こっていたこともあるらしい。つまりどこか因縁がある飲み物なのだ。
「でも、傍にはいてくれたやろ? 安心しぃ。今日は俺がついとったるわ」
それでもアーサーがアルフレッドを可愛がっていたのだということは知っている。というか分かるのだ。自分だって弟分のロヴィーノは可愛くて仕方がなかった。彼が独立して独りで過ごすのはとても辛かった。今でも遊びに来てくれるならば大歓迎だ。そういう部分でだけアントーニョはアーサーに共感を覚えている。もしもロヴィーノに独りで立つからと剣を向けられたらどうなっていたのだろうか。ifの物語は分からない。
「兄代わりってことかい?」
「どうやろうな」
アーサーの代わりというのはアレだがそれに近い部分もあるだろう。病気の時のように弱い姿は庇護欲をそそられる。アントーニョが否定しないとアルフレッドはむっとしたような表情を見せた。
「納得行かない。アントーニョは恋人だろう?」
「どっちでもえぇやろ」
「よくないよ!」
アルフレッドはすねたらしくそっぽを向いた。自分より図体はでかいのにこういうところは相変わらず子供っぽい。菊が弟みたいなものだと言うのも頷ける。
「菊が言うてたよ。俺ばっかり呼んどったーって。看病してくれてんのに失礼なやっちゃなぁ、ホンマ」
別にちっとも構いませんよ、と済ました顔で言う極東の島国の顔が浮かんだ。確かにこれまでずっとアルフレッドと親しくしてこれたのだからこの程度のことを気にしたりしないだろう。
「Really?」
「ホンマやて。せやから来たんや。……意味分かっとる?」
振り向いたアルフレッドは不意に弱気な顔を見せた。
「顔が見たかったんだ」
「分かっとる」
「傍にいて欲しかった」
「病気の時は、皆そういうもんやで」
よしよしとアントーニョが頭を撫でても今日は抵抗しなかった。いつもならば「子供扱いしないでくれ」と言うのに。そのまますっかりくしゃくしゃのブロンドを梳いてやると、くすぐったそうにアルフレッドは笑った。
「あのロヴィーノかてなぁ、病気んときは甘えてきて……」
「Stop! こんな時に、他の男の話なんて聞きたくないよ」
「他の――って、弟やん」
「向こうがどう思っているか分からないじゃないか」
なにを言っているのかとアントーニョは呆れた。だったらお前はアーサーにそういう好意を持つのかと聞いたら絶対に否定する癖に。自分のことを棚に上げるのはアルフレッドの悪い癖だ。言っても聞かないというのも分かっている。アントーニョとしては自慢の大切な弟分のことをもう少し語りたかったのだが、嫌がる病気の人間にまではさすがにできないので諦めた。後でフランシス辺りにでも昔語りに行こう。
「アントーニョも、病気の時は甘えたいのかい?」
「甘えたいっちゅうか、まぁ、人恋しなるわなぁ」
「OK! だったら、アントーニョが風邪を引いたら看病に行くよ!」
「まず自分の風邪治してからや」
額を指で弾くと「Ouch!」と返ってきた。