一段落ついたから陽介に会いたい、という謎のメールを鳴上から貰い、陽介は久々にゆっくりと友人と会う時間を取ることになった。取り敢えずどこという場所もなかったので、まぁ河原ででも良いかという合意に至り、夏休みも終わり近い日になって、陽介と鳴上はのんびり川を見ながら会話することになったのである。釣りでもしたら楽しいかも知れないと陽介が冗談半分で言ったところ、相当強度の拒絶を受けて、何かあったのだろうかとは陽介も思っていた。と言うのも、夏休みに入ってこの友人とは、メールはするものの、殆ど顔を合わせていなかったのだ。鳴上も忙しいのだろうと思っていたし、陽介の方も忙しかった。夏休みはジュネスにとっても繁忙期の一つなのである。要するに、バイトに駆り出されていたのだ。
「本当に、色々あった」
遠い目をする友人に、一体どの様な夏休みを過ごしたのだと問い掛けてみた所、濃密な彼の夏休みを聞かされる羽目となった。菜々子の傘の為にアルバイトをしていたと思ったらフェザーマンが壊れて知り合った看護師からのアプローチには靡かないのにお婆さんの為にヌシ釣りをした――一気に聞かされた為に陽介が混乱しながら纏めると、どうやらそんな感じらしい。
「いやオカシーだろそれ!」
「何が?」
「なにがって、全部だよ! まずなんで、傘が8000円もすんだよ!」
「さぁ……プレミアか何か?」
「にしたってその値段はオカシイだろ! それと、キツネがってのも妙だし、だいたい、ネオフェザーマンが68000円てのもオカシーだろ! どんなプレミア!? ぜってぇぼられてるに決まってんだろ!」
傘の一般的な相場は知らないが、ジュネスで見る限り、安価な物であれば500円から、普通の傘でも1000円から2000円程度だろう。ブランド物となれば5000円下らない物もあるだろうが、子供向けの傘でその値段等有り得ない。
「しかも単なるキャラクタープリントしただけの!」
菜々子の所有していた声の出るオモチャがついていたにしても、高額に過ぎる。傘自体は普通の物だし、8000円は金銭感覚として可笑しい。オモチャの合金にしてもそうだ。如何に高級な玩具であっても、子供が持つ物に68000円は考え難い。その様な物を売り出すとも考えられない。本物の金でも使っているならば話は別だが、そうでもなければ「なんでも鑑定団」レベルのアンティークではないだろうか。そうとしか思えない。しかしネオフェザーマンは最近のテレビ番組だし、アンティークとも思えないのだ。矢張り、可笑しい。
「えぇい、この際だからツッコんでくけどな、ばーさんのひったくり犯はどうなったんだよ!? 確かに倒れてたってのは心配だけど、そっち全然無視!? それと、美人ナースに迫られて『バイトなんで』ってなんだよ! オカシーだろ!」
「でもバイトがあったから。ひったくりは……あ、忘れてた」
「アホか! 視野狭すぎんだろ!」
「あ、もしかして嫉妬? 大丈夫、俺、ナースとか全然興味ないし」
「違うから! 全然違うから!」
「あ、子持ちもダメだし、お婆さんはちょっと年齢的に無理……」
「頼むから話、聞いてくれ!」
あぁもう、と陽介は頭を抱えた。
「お前がボケるから、俺がツッコむしかなくなってんだろ!? 俺はツッコミキャラか!」
「違ったんだ」
「違う! どっちかっつーと、ボケだろ!」
「色ボケ?」
「ほっとけ!」
色ボケは強ち間違いでもなさそうなのだが、この際だからツッコんでおくことにした。鳴上は平然とした様子で河原の小石等を積み上げ始めている。ここは賽の河原では断じてない。
陽介は自分の役割を、ボケだと考えていたのである。何か下らないことを言って、誰かがツッコんでくれるのを待つ。それが、鳴上悠という強烈過ぎる天然ボケが現れたことで、全く機能しなくなってきているのだ。すわ天然とは恐ろしいものである。正直、これだけのことを平然とやってのける鳴上に、ボケ的な意味で、陽介は敵う気がしないでいた。
(俺ってツッコミだったのか……?)
クマの常識外れ、世間知らず系のボケに加えて、完二もどことなくボケている。周囲がそうであれば、必然、陽介がツッコミを入れざるを得なくなるのだ。自分的には積極肯定し辛いが、鳴上曰く「陽介は常識人だな」らしいので、どうにも可笑しなことにツッコミを入れたくなる。性分だ。そう考えると矢張り、ツッコミキャラだったらしいということに落ち着かざるを得ない。
「……お前の、お人好しというか、なんかもう呪いみたいなツキは、すげぇよ……マジで」
「褒めてくれて有難う」
「や、礼言うとこでもない気ぃすっけどな……?」
何だかもう分からなくなってきて、陽介は立ち上がって、鳴上が一度崩してしまって再び積んでいる小石タワーの一番上を摘み、その灰色の小石を川に向かって投げた。チャポンと軽い音がして、石は川に沈む。
「学童保育のお母さん助けたのも、ナースがやる気になったのも、カテキョの教え子が友達作れたのも、ヌシまで釣ったのも――全部、お前の凄さなんだよなぁ」
全く敵わない。隣を歩く相棒だと思うのに、どうにも数歩前を歩かれてばかりいる気がする。
「つか、クマきちの着ぐるみ着てた時のアレ、別に誤魔化す必要なかっただろ」
振り向いて笑うと、「あ、確かに」とまた今更気付いた様な顔で、神妙に鳴上は頷いた。
強くなる為には、人々との絆を深める必要がある。鳴上は、最初の頃、そう陽介に語った。人との絆――陽介も千枝も雪子も、仲間達皆、そして、校内の友人に、こうした外の人々。
「エビって、お前やっぱ心ん中でそう呼んでたんだろ」
携帯電話にそう登録されているらしいことは聞いていたが、矢張り、普段から心の中で呼んでいる呼び名がこういう時に出てくるものなのだ。海老原あいという名を、鳴上が覚えているかどうかすら疑わしい限りだ。
「妬いた?」
「えっ、今のどこが妬くポイント……?」
真剣に分からなくて首を傾げた。
鳴上が駆け抜ける様に夏を過ごしたのは、そうした人との絆を集める為なのだろう。勿論、そればかりではないだろうし、半分以上は振り回されているのだろうけれど。
(難儀なヤツだな)
逆に、充実していたのかも知れないと思った。少し、羨ましくもある。
「――この大変な夏休みを、無事に終えられれば、陽介に褒めて貰えるかと期待してた」
「はぁ!? 脈絡ないですよね、悠さん?」
「俺的には、頑張ったと思うんだけど」
急に立ち上がった鳴上は、顔を至近距離まで近付けてきた。何かこう、スイッチが入ると厄介な行動がエスカレートするのも、天然が成せる技の一つなのかも知れない。
「どう?」
さてその天然の灰色の瞳は真剣で、いつも本気で発言しているらしいことは知っていたが、改めて、本気なのだと思わされる。陽介は息を小さく吸った。
「よくできました」
我ながら、馬鹿げたことをしているなぁとは思ったが、言われた通りに、褒めてあげることにした。銀糸の輝く頭頂に手を伸ばして、陽介は可笑しくなって笑う。
「お疲れさん、悠」
激務で身長が伸びたということもないだろうが、鳴上が少しだけ大きくなった様に感じた。成長している、ということなのかも知れない。どうにもバイトばかりの自分では、と思ったが、考えてみれば、鳴上の夏も、大体はバイトである。似たり寄ったりなのかも知れない。
「有難う、陽介」
言いながら鳴上は自分の頭を撫ぜていた手を掴んで引っ張ると、そのまま陽介を腕の中に収めた。
「おい、なんか恥ずかしい状態になってんぞ、これ」
「あ、陽介、良い匂いがする」
「やめなさい! 人に見られたら困るから!」
河原で男子高生が2人で抱き合っていた、等と噂になったら大変である。小さな町は噂が流れるのも早いし、気付いたら皆からそういう認定をされていたりしたら、鳴上は別に困らなくても、陽介は大いに困るのだ。
「あ、今気付いたんだけど、宿題全然やってなかった、ヤバイかも」
「うえぇ!? って俺も終わってはいねぇけど……」
「……これからウチでやらない?」
「やらないっつったら?」
「このまま拘束継続」
ぎゅうっと腕の力が強くなったので、陽介は諦めて溜息を1つだけ落とした。
「やりますやるから離せ」
「よし、じゃあウチに行くぞ」
「お前、ほんっと、マイペースだよなぁ……」
腕を離した鳴上は、しゃがむとまた1つ小石を上に乗せた。
「でも陽介はそれに慣れてるみたいだから平気かと思った」
「あーそうかも……って自分で言うなよな、悠!」
「あぁ、悪い」
「ホントにそう思ってんのか……?」
悪びれずにさっさと歩き出す相棒の背を追い掛けながら、振り回されてるなぁと実感する。こんなマイペースに付き合ってやれるのは、自分しかいないのではないだろうかと思う。
(そういうのはなんか、優越感あるかも)
陽介に『そう』思わせている、それが彼の術中だったらどうしようか。
14話見終わって思い立って30分で書きました。眠かったので最後文章おかしかったです。直しました。
主花は主花ちゃんですが、鳴花はなるはなさんというイメージです。違いはフィーリングです。
この回では ゆうくんて受けぽいなぁ→いやボケだった→なるはなさんでした
という思考過程を経たのですが、意味が分からないですね。
陽介はボケたいと思うのに、居ても立ってもいられずにツッコミ入れてるんじゃないかなぁ。苦労性ですね。
デキてるか否かは読んだ方のご判断にお任せします。いずれにしてもイチャイチャしてると思いますんで。