己の本質を見極めている人間が多くいるとは思わない。鳴上悠も、自分の内心について、全て理解出来ているとは考えていなかった。そうでなくとも、時折、人と会話が噛み合っていない様な気がしていたのだ。前の高校では、首を傾げられることが多かった。それが、何故であるのかも分からない。そんなことも分からずに、己の何たるが理解出来る筈もなかったのだ。
『お前って変わってるよな』
そう陽介に言われた時も、ピンと来なかった。但し、その様に面と向かって言われたのは初めてであったので、そう言われたのは初めてだ、とは返している。その時の陽介の返答は何だったのか、単純に記憶が残っていなかった。
「俺は、独りだと思ってたのか」
自分のシャドウと向き合うことのなかった鳴上にとって、テレビの中ででも、内面を突き付けられたのは初めてのことだ。お前には何もないと言う久保美津雄のシャドウの言葉は、ある意味では、自分のシャドウが発した物だったのかも知れない。だから、独りで囚われたのではないかと勘繰ってしまう。精神攻撃に遭ったのは、鳴上のみではなかった様だが、既にシャドウとの対峙を経験している仲間達が先に抜け出せたというのは、不思議な話でもないと思われた。
「お前が? なんで?」
ジュネスで買った食材を手分けして持たされている陽介が、声に反応を見せて背後から声を掛けた。独り言のつもりだったが、彼に聞かれたことは嫌でなかったので、そのまま言葉を続けることにする。陽介は隣に立つと、興味深そうに鳴上の方へと目を向けた。
「ボイドクエストのことだ。お前が呼んでくれなかったら、ずっとあのままだったのかと思って」
「つかあれ、なんだったん? あの赤ん坊みたいなヤツと目が合ったと思ったらさ、もう事件解決したみたいな気に一瞬なったんだよな。ま、すぐにコイツはおかしいって気付いたんだけど……んで、気が付いたら、あの部屋で、皆、バラバラで倒れてんの。お前はいねーし」
近くにいたクマの頬をぺちぺちと叩いている内に千枝が目覚め、隣で倒れている雪子の手を握ると、彼女も目を覚ました。連鎖反応の様に、完二が起きて、近くのりせに声を掛けて目を覚まさせて、クマも漸くと陽介の声に反応を返したのだと、陽介は両手を大仰に動かしながら語る。いつ見ても、オーバーアクションな友人だ。
「なーんかお前の声っぽいのがしたからそっち言ったら、なんか、……埋まってた?」
「成程、俺は埋まってたのか。道理で苦しかった訳だ」
どことなく息苦しい空間に収まっていた記憶はある。腕組みしてうんうんと頷いた。
「いや、マジで埋まってはいねーと思うぜ?」
変な奴、と陽介は笑った。自分とは異なる感性を持っている、と言う様な意味合いでらしいが、陽介は良く鳴上を『変わっている』と評する。けれど、それでこちらを敬遠するでもない。寧ろ、陽介は積極的に鳴上と関わってきていた。一緒に帰らないかと誘ってくれたり、昼食を一緒に摂ろうと誘ってくれる。彼は、鳴上を、良き友人であり相棒だと思ってくれている。そして、鳴上自身もそれを信じていた。
「あ、だからか」
「いやなにがよ。お前、マジで唐突」
「お前は、マヨナカテレビ関係なく、友達なんだな」
「はぁ!? 今更、なに言っちゃってんの、お前」
雪子の『もうこうして集まることもなくなる』という言葉に、事件の解決を目指した集まりとしての仲間は、事件が解決すれば瓦解してしまうのだと感じていた。それはそうであるべきことであり、自然であり、望ましいことである筈だった。だのにいつしか、それで終わってしまうことを恐れる様になったのだ。
「間違っちゃいねぇけど、なにそれ、今確認すること?」
そうした鳴上の虞が、あのシャドウに見せられた幻惑だ。テレビがなければ消えてしまう仲間。そして、彼等がいなくなれば、空っぽになってしまうと感じていた自分。
「さっきのシャドウの幻想の話」
「げん……? 俺マジでイミフなんですけど。はぁ……最初っから話してみろよ、お前。言いたいんじゃね?」
「どうだろう」
話したいか否かと問われると、返し難い部分もあった。幻惑と言うのは、端的に言えば、己のシャドウの語る本音の様なものではないだろうか。それを言って聞かせるのは、恥ずかしい。それに、余り仲間に話したい内容だとも思えなかった。しかし陽介に言われると、話したい様な気もしてくる。己の感情が判然とせずに首を傾げると、陽介は漫才コンビのツッコミ役の様に切れのある返しをしてくれた。
「お前が聞くなっつの! もういいから、ほれ、頼れる相棒に話してみろ」
「頼れるかどうかは微妙」
「なんでもいいから話せ! ……ほら、誰も聞いてねぇから」
頼れる友人かどうかと言われると、そこは非常に微妙である。頼れる時もあるし、心配な時もあるのだ。この前も、薔薇色の青春が始まったとか何とか、訳の分からない発言をしていたし、ああいうのを見ていると、どうにも頼り甲斐がある男だとは思えない。しかし今の様に、鳴上が話したいか話したくないか複雑な感情であることから、内容が余り知られたくないものらしいということを瞬時に察知し、周囲にさっと目を向けて聞かれていないことを確認したりするのを見ると、空気が読めるというのは自称だけではないのだなと思わされる。陽介は己の役目を分かっているのだ。
(だとすれば、……陽介、が、聞いた方が良いんだろうな)
「分かった」
納得した所で、鳴上は口を開いた。
「幻想とかっつったよな? まぁ、俺らが見たのも、多分そんな感じだとは思うけど」
「俺が見たのは、事件が解決して、皆が離れ離れになっていく過程だな」
「うお……なんかそれ、キツそうだな」
「天城が家の手伝いが忙しいって集まれなくなってきて、里中もそれに合わせて付き合いが悪くなって、クマはテレビに戻って、完二も、暗い話題にうんざりしたらしくて出てこなくなって、りせは八十稲羽からいなくなってた」
「うおおい! おま……りせに失礼だろ」
「まぁ、女子高生ってそんなものかと」
「お前は無駄なところでクールだよな」
雪子の件は、信憑性が高かった。彼女は旅館の跡取り娘だし、そのことが原因でシャドウも出てきている。しかし、今では女将となることに前向きで、繁盛すれば忙しくて集まりに顔を出せなくなるのも肯けた。彼女の親友である千枝が、親友不在で独り集まりに出るというのも、逆に友人関係に亀裂が生ずる可能性があるので、分かる。クマだって、テレビが彼のいる世界なのだから、戻るのは当然。完二は何だかんだで、湿っぽい話題を嫌いそうだし、りせについては、余りに軽く「悠先輩、大好き!」なんて言うので、どこまで信じるべきか疑わしいという気持ちがまだ強いのかも知れない。そもそも、出会ってまだ間もないのである。ナビについては信頼するが、全幅の信頼とまではまだいくまい。クマについても、ここにずっといるとは思っていなかった。アイドルだって、いつまでも田舎にはいないと無意識にしろ思っていたのだろう。
「ん? そういや俺は?」
「……お前は――」
忘れたい記憶なのか、少しずつ曖昧になってきている。そう言えば、りせがいなくなった時には「女ってコエェ」と言っていたのは陽介だ。お前だってりせに失礼だろ、と現実に言い掛けて、あれは実際の陽介の発言ではなかったことを思い出す。
千枝と雪子が、長瀬や一条と試験勉強をしていて、集まりにも来なくなったことと相俟って、仲間だと感じていた絆はそちらに劣るのだと思った。しかし、そこに入り込む勇気がなかった鳴上とは異なり、陽介はあっさりとそこに入っていけたのを覚えている。陽介はそもそも、人の輪にするりと入っていけるタイプの人間なのだ。
(あ、それでも、俺といてくれてたよな)
フードコートに誰も集まらなくなってきた中で、陽介はバイトがあるから長居出来ないとは言いつつも、ちゃんと付き合ってくれた。
「最後までいた。あ、だから、テレビ関係なく友達なのかって思ったんだ」
「なんだ、お前、ちゃんと分かってたんじゃん」
陽介は嬉々とした様子で、目を細めた。
「そう……だな」
「ったく、皆バラバラ、なんつぅから、俺はどっこに行ったのかと思っただろ。友達甲斐ねぇなぁって」
「いや、それは」
陽介に文句みたいに背中を叩かれたが、上手く返答は言葉にならなかった。あの幻想の中で、陽介とも別離するのだと鳴上が思ったことは事実だ。彼が、進路と口に出した時に。
(あの時の、陽介の様子が、あんまりあっさりしてたから)
春にはここをいなくなってしまう。最初から分かっていたことだ。だとすれば、進路は当然異なる。大学に行こうと、専門学校に行こうと、就職しようと、八十稲羽にはいない。それを明確に陽介に突き付けられた気がして、同時に、心臓にぽかんと穴が開いたのを意識した。
(俺は、離れたくなかったのか)
「心配すんなって。俺は、どんな時でも友達だからな。事件なんて関係ねぇよ」
陽介はウインクして見せた。
な、悠。
微かにそう聞こえた気がして陽介を凝視したが、向こうはにこにこと笑っているだけで、それと聞き返すだけの勇気が今の鳴上にはなかった。闇から引き上げてくれたあの時、確かに名前を呼んでくれていた、と思ったのだが、以降は全く言ってくれないので、段々、幻聴の様な気もしてきているのだ。
(もう一度呼ばれたら、陽介って呼べるんだけど)
カウンターでならばイケる気がするのだ。鳴上には、後一歩、勇気が足りていない。
「それよか、今日のオムライス、期待できんのお前くらいなんだからな。前に弁当食わして貰ったときみたいなの、いっちょ頼むぜ?」
「あぁ、任せろ。一撃で仕留める」
食材を買った時の雪子の真似をすると、陽介は噴き出した。
「おーおー、アイツらの殺人料理、マジでこえぇから、先に仕留めといて欲しいくらいだぜ」
「それは無理」
「知っとるわ! てか、菜々子ちゃんに食わせる前に味見しねぇとだよなぁ」
隣で陽介が笑っている。深層心理に於いても、鳴上はそのことを当たり前と受け止めているのだ。傍にいてくれることを幸福だなんて、思ったりしない。
(けど、春には離れるんだよな)
その時に陽介は、どう思ってくれるのだろうか。少しでも、自分が感じるのと同じ様に、淋しいと思ってくれないのか。当たり前の様に「じゃあな」と笑うだけなのだろうか。
「それは……嫌だ」
「や、味見は必須だろ」
「味見じゃなくて」
「話変わってんの!? おま、ホント……」
脱力した陽介に、何となく悪い気がして「ゴメン」と謝ると、ぱっと顔が上がり、薄茶色の丸い瞳が鳴上を見た。
(あ、)
「お前といると、ホント飽きねぇな。一緒にいてここまで楽しいヤツ、お前くらいだ」
にこっと、彼は花が咲く様に笑った。
(俺は陽介が好きなのか)
離れ難いと感じることも、自分といるのが一番楽しいと言われて喜ぶ感情も、満面の笑みを可愛いと思う心情も、全てが一つに繋がった。
「俺も、お前といるのが一番楽しいかな」
素直に言うと、陽介は一瞬、照れた様に顔を少し紅くさせた。
「サンキュー、相棒」
一番楽しいと言ってくれるなら、少しは離れることを淋しいと思ってくれないだろうか。
(ねぇ、陽介)
もう一度あんな風に素っ気なく言われたら、死んでしまうかも知れないと思った。
主花クラスタを抹殺しにかかってきた12話の破壊力について
天然攻めは書きにくい!
一応アニメイメージなんで、鳴上:天然にキツイ 陽介:頭がややお花畑系
って感じで書いたつもりです。陽介はちょっと調子こいてるんじゃないかな! すき!
※thou art ever with me →あなたはいつも私と一緒にいた