Random Phase

「花村って神経質?」
 突然聞かれたので陽介は首を傾げた。前の席からおもむろに振り返ったかと思えば、月森は真剣な眼差しでこちらを見ている。
 少し前に来たばかりの転校生は、不思議な雰囲気を持っていた。
(助けてくれたし、いいヤツだってのはわかるんだけど)
 見通したような発言をときおりするのだ。銀色の瞳がまっすぐにこちらを見ているとき、彼の言葉の多くは的を射ている。誰にでもそうなのかと思って見ていたが、クラスメイトとは普通に過ごしているだけのようだった。自分だけ、などという言葉を陽介は好いていない。そういう自意識やくだらない期待というものは、人を落としてしまうものだ、と知っているのだ。例えば、小西早紀の言葉にあったように。彼女のあの言葉は、些か、シャドウによる悪意を感じざるを得なかったけれども。
「なんで?」
 質問に質問で返すな、とは良く聞かれるが、陽介は自身を神経質だなどと思ったことはない。純粋に不思議に思った。どうしてそう思ったのだろうか、と。銀色の目がまるで、本当のことしか言わないように言葉を紡ぐのはなぜなのかとも。
「携帯で良く時間を確認しているから」
「……そんなん分かるの?」
 確かに携帯電話を弄っていることが多いが、常にメールが来るというわけでもないし、携帯電話のゲームもあまりしない。大抵、ふと時間が気になったときに開くのだ。今は何時だろうかと、細かいけれど気にしている。性分だ。けれど普通、携帯電話を、それも高校生が弄っていて、時計を確認していると思うだろうかという話だ。
「分かるよ」
 にこりと月森は笑う。
「教室だと良く時計を見てるから」
「よく、って、まだお前と会って六日なんですけど」
 今日から逆算して数えてみて、まだ六日なのだと今更、気が付いた。
「互いを知るには十分すぎるだろう? 一度会ったら友達」
「すげぇ理論」
「まぁ確かに、普通ではないからかな」
 テレビの中に入って、ペルソナ能力に目覚めて、確かに尋常ではない。
「花村だって、たった五日の人間に、生死を預けただろ」
「せ、生死ぃ?」
「武器と防具」
 月森は人差し指を立てた。
「それって、命に関わるものじゃないか?」
「えっと、それは……お前の方がなんか詳しそうだし」
「一介の高校生だぞ」
 あはは、と思わず笑ってしまった。微妙に月森は、只人ではない雰囲気を出しているので、一介のと言われても素直に頷けない。
「戦闘での指示まで、俺の通りに動いてくれるし。リーダーまで任せて」
「そりゃ……だって」
「俺のこと、信じられる?」
 面と向かって言われたので、面食らった。
(信じられる、って)
 端正な顔立ちだから許されるのだ。だってこんなの、イケメンでなければ似合わない。気障と言うのか何と言うのか、女の子を連れ込んで、じっと銀色の瞳で見詰めながらこんな科白を吐いたとしたなら、当該女の子が騙されたとしたって落ち度はない、と陽介も弁護するだろう。
「信じられるから任せたに、決まってんだろ」
 満足気に微笑んだ月森は、重ねて、相棒という呼び方も、と指摘を続ける。
「たった五日の人間に言う言葉だとは思わなかったよ」
「……わるいかよ」
「いいや。響きが好きだな。相棒って。とても良いと思う」
 事件を二人で解決していく。そういうコンビをバディと呼ぶのだと聞いたことがあるのだ。それと、何かと有名なドラマも見ていたから。
「そうでなければ、俺も頷かない」
「お前も結構、勢い良く頷いたよな……」
 初めての戦闘には、気分が高揚していた部分もある。雪子姫の城というけったいな名前の場所で、先走った千枝を追い掛けて二人で初めて入った、シャドウの襲ってくる場所。ゲームのダンジョンみたいだな、と月森は言い、陽介もそれに頷いた。実際の戦闘はちっともゲームのように、ボタンを押すだけでは進まないけれども。
 シャドウの形状というものは、異様ではあるが、決してグロテスクではない。恐らく、ゾンビと闘うような羽目になるのだったら、陽介だって思わず逃げ出したかも知れないので助かった。どこかおもちゃ箱の中にいるようなシャドウの群れに、月森が模造刀で斬り掛かっていくさまは、思わずぞっとしてしまうくらいに、格好良かった。それを見続けていたからこそ、彼に戦闘での指示を任せるべきだと思ったし、リーダーを任せるべきだとも思った。力もあり、度胸もあり、物怖じしない。リーダーに相応しい資質だと思った。ペルソナ能力についても、陽介と違い、次々と切り替えていくという戦法は見事だ。思わず羨ましいと言ったところで、俺は空っぽらしいから、と振り返って月森は笑った。どんな謙遜だろうかと思ったが、振り返ったときに眼鏡のレンズが光を反射して輝いて、やはりとんでもなく端正な顔立ちなのだな、と改めて実感したものでもある。その頃には既に、八十神高校の制服だって、彼にぴったりだと思った。
 そういうのを見ている内に、陽介もテンションが上がってきて、シャドウが総倒れになっているのを見たときに、思わず叫んだのだ。「行くぜ、相棒」と。月森は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに口元に笑みを浮かべると、「あぁ、やるぞ」と言ってのけたのだ。そんな風に言われたもんだから、こっちも「いい返事だ」とかノリノリで返してしまった。千枝が見ていなくて良かったかも知れない一幕である。
「花村は時間が気になるんだな」
「まぁ……バイトとかやってっと、わりと」
 これでも陽介の血液型はA型だ。らしいと言われたり、らしくないと言われたりするが、それなりに時間は気にしている。
「時計は? しないの?」
「気に入ったのないからパス。つか携帯で見りゃいいだけだし」
「でも、ダンジョンではそうもいかないだろ?」
 ゆったりと携帯電話を見ているような余裕なんてないよな、と言外に語っている。月森は一見すると穏やかなまなざしなのに、威力がある。威圧・威迫ではないのだろうが、強制するような力強さがあるのだ。笑顔で怖いという漫画的な表現はあるが、それとも近い。
「ダンジョンでまで時間気にしねぇだろ」
「嘘だな。俺の時計、たまにちらっと見てるの気付いてるんだぞ」
「うっわバレてた? や、意外によく見えてさ」
 はは、と笑うと、月森はおもむろに時計を外して、陽介の机の上に置いた。
「気になるなら、自分で付けていてよ」
「へ?」
「邪魔になるほど重いものではないし、高価なものでもないから」
「……くれる、っつーこと?」
「うん。あげるから、付けてなさい。せめてダンジョンの中だけでも」
 黒いリストウォッチは、見れば静かに秒針を刻んでいる。彼の言う通り、高価な品物ではないだろうということは一見して分かる。綺麗に使っているものではあるらしいが、ベルトを持った感じの軽さからも、簡単に入手出来るようなものだということが伺えた。
「俺に、似合うか……?」
 しかしそれを手首に付けるのを躊躇ってしまった。元来、明るい色合いが好きで、モノクロなんて、学校の制服くらいだというのが陽介の普段のファッションだ。もちろん、模様やファーが付いているとあれば別だが、デザイン的にもシンプルで、陽介の身に付けるものらしくない。
 それなのに月森はいとも容易く、似合うよ、と笑う。銀色の目で。偽りのないようなまなざしで言うのだ。思わず言葉に詰まってしまう。
「こういうシンプルなのはさ、その……マジなイケメンが付けるもんじゃね?」
「花村は美形だろ?」
 その上、何てことないみたいに言うので仰天した。
「うわ、さらっと言ったぞこのイケメン」
 自分の顔が整っていれば、相手に対してそういうことを僻みなく言えるのだろうかと思わず感心してしまった。
「本当だって。と言うか、花村も結構、人のことそう言ってるよな……?」
「都会から来たイケメンって噂になってんもん。事実じゃん」
「そんなこと、ここに来て初めて言われた」
「そうなの? そりゃなんか意外……」
「だから俺は分からないけど、天城が美人だというのは、感覚的に分かるな」
「感覚的にって……あー、お前の好みじゃないってか?」
 即ち、好き嫌いとは無関係に、事実的な要素として、ということだろうか。にやりと笑って言うと、残念ながらね、と月森は軽く笑った。その雪子にあっさりと袖にされてしまった陽介は立場がないと思うのだが、月森ならばそう言っても許されるというか、つまり、選ぶ側にいるのだなという気がするばかりだ。
「それと同じとは言わないけど、事実的にそうだろうということ」
 花村も、と月森は笑った。
(あ――なんか今、最初にイザナギ見たときのこと思い出した)
 陽介が小西酒店の前でシャドウに襲われたときに、月森はペルソナ能力に目覚めた。まるで最初から闘う力を持っていたかのように、目覚めたのは偶然でも何でもなかったみたいに、月森がイザナギを背に笑っているのを見た。得体の知れない存在に攻撃されて、自分の身すら危ないかも知れないというときに、この友人が笑っているのを見たのだ。初めてペルソナを喚んだときに、その、昂揚する感覚は得たけれど、あの時の月森の、どこか怖いとすら感じる笑みを浮かべるほどの感情はなかったと思う。
「聞いてる?」
「え? あ、えと、天城が美人だって話だよな?」
 月森は肩を竦めた。
「天城を早く助けないと、里中が心配だしな」
 助けたくて居ても立ってもいられない千枝の様子は、昨日も見ている。そういう友達がいることは純粋に羨ましいな、と陽介も思った。けれど、彼女の身の安全も考えなければならないのは事実だ。彼女が身を呈して助けたとして、それを、雪子が喜ぶとは思えない。二人で無事に、というのが、至上の願いであるはずだ。
「今日も行こうぜ、相棒?」
「うん。行くよ。助けないと」
 だからさ、と月森は陽介の手で燻っている自分のリストウォッチを取り返すと、陽介の左手を掴んだ。
「右利きだから、左に付けた方が良いよな?」
「う……うん」
 そのまま長い指先でさらりと陽介の手首にリストウォッチを巻き付けて止める。動作が素早くて、言葉を差し挟む余地すらなかった。
「ほら、やっぱり似合ってる。ダンジョンに行くときは、必ず付けていくこと。リーダー命令」
「ハイ……」
 声音はひどく穏やかなのに、ちっとも抗えずに頷いてしまった。
「ところで」
 手を掴んだまま月森は笑う。
「花村は、バイトしてるんだっけ?」
「え? あぁ、ジュネスで、いちおう」
「シフトは決まってる?」
「火曜と水曜と金曜。雨だと、雨の日セールに駆り出されたりすっけど」
「それ以外は放課後、空いてる?」
「ん、まぁな。あ、でもテレビの中行くんなら、できるだけ優先するぜ」
「それもそうだけど……良かったら、放課後は俺と一緒に帰らないかなと思って」
 にこにこと笑って、唐突にそんなことを言うのだから、驚いてしまった。
「事件のことを話せるのって、花村くらいだから」
「構わねぇけど、放課後ってお前……、部活とか入んねぇの?」
「考えていないんだ。テレビでのことの方が重要だし」
「そ、っか。真面目なんだな」
 大したことないよ、と月森は空いている方の手を軽く振った。
 彼のことを相棒と呼んだくらいに、陽介は月森のことを信頼している。普通ではない経験を共有していること、それに自分の本心を見られたこともあってか、月森とならば、良い友人関係を築けそうだなとは薄々感じていた。
(『本当の』友達ってヤツ?)
 自分で考えてみて、ちょっとこれは恥ずかしいなと思った。鳴らなくなってきた携帯電話やずっと変えていないアドレスに、自分の交友関係を思う。千枝と雪子が日頃から共に下校しているのを、羨ましいと思って眺めていたわけでもないけれど、そういう存在にもしもなれたら――。
(そういうこと、コイツも考えてんのかな)
 穏やかな笑みからは何も掴めない。
(重そうな銀髪……)
「花村、俺の顔に何か付いてる?」
「や、付いてはいねぇけど」
「迷惑だった?」
「違う違う。うん、そーだな。事件での話は人にできねぇし、俺でよかったら、考えまとめんのとか付き合うぜ」
「良かった」
 月森はパッと手を離して鮮やかに笑った。
「よろしくな、相棒」
 そうして、彼は初めて陽介に『相棒』と、同じ言い方をしてくれたのだった。
「そういや、里中のヤツ大丈夫かな」
 自分で言い出したのに、改めて言われると気恥ずかしくて、思わず話題を逸らしてしまったけれど。

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