「危ないところだったな! でも、俺が来たからには好きには――喰らえ!」
陽介は苦無でカードを砕くと、疾風の魔法を前方のシャドウに向けて放った。鎌鼬のようにそれは、薔薇を愛でる少女の姿を模したシャドウを引き裂いていく。彼の背後では、ツインテールの少女と、ボブヘアの少女が、二人で手を取り合って震えている。
「ってか、どうしたんだよ、相棒? ボロボロじゃね?」
「少しヘマをしてね……」
腹部を銃弾が貫通している。人と同じ身体ではないから、そうやすやすとは死なないし、また、死んでも替えが利く身体ではあるが、白のスーツには紅い血が鮮やか過ぎた。ギョッとしたように茶色の目を膨らませた陽介は、こちらへ駆け寄ると、またカードを砕いた。碧色の光が、傷口を塞いでいく。思わず、ふーっと息が落ちた。
「ありがとう、陽介。助かったよ」
「礼なら、そこの二人に言えよ。つか、気をつけろよな? 間に合わなかったかもしれねぇだろ」
陽介はこつんと柚樹の頭を叩くと、持っていた苦無で二人の少女を指した。赤茶の髪にテレビ映えする可憐な少女――久慈川りせ。そして、その隣りのスポーティーな外見通り、タフな身体と精神力を持つ、里中千枝。
「助かったよ、りせ、千枝」
「えっ、センパイ! あたしたちの名前……」
「俺からも礼を言うよ。こいつ、俺の相棒なんだ。助けてくれてありがとな」
陽介は柚樹の肩に寄り掛かって、片目を瞑った。
「ってか、アンタら……何者?」
「ん? あぁ、自己紹介、まだだったか」
陽介はぴょんと軽く跳ねると、青いカードを中空に投げた。光が一瞬眩く輝いたと思えば、クリーム色の上衣、胸元で揺れていた黄色のリボン、茶色いチェックのズボンという格好が、元の学ラン姿に変化する。
「花村陽介。お前たちと同じ、八十神中学の生徒。そんで、こっちの白スーツのイケメンは柚樹」
りせも千枝も、目を丸くしていた。目の前で、『異形の存在』に襲われ、かつ、陽介の『変身』のような光景を見れば、パニックを起こしても仕方がないだろう。
二人の少女と柚樹が出会ったのは偶然だったとも言える。突然現れた、陽介とは別の魔法少女――紺色のキャスケット帽を被った少女に、廃ビルで出会ったと思えば、その出会い頭に発砲され、このままだとボディが危険だと考えて、無意識に救援を呼んだところ、その信号をりせが感じ取ったらしいのだ。彼女のことは調べてあった。八十稲羽に住んでいる、魔法少女として有望な少女を出来るだけ多く集めること。それが、今の柚樹の目的であったため、素質のある子を、八十神中学でも積極的に探していたのだ。
「なぁ、柚樹。もしかして」
姿が見えること。魔法少女としての素質ならば、それだけでも十分過ぎるほどにある。寂れたビルの片隅、危険なシチュエイションと、それを助けてくれた陽介と、勧誘するには悪くない条件が整っているだろう。あぁ、と相棒に頷き、柚樹は息を吸い込んだ。
「早速で悪いんだが――二人とも、俺と契約して、魔法少女になってくれないか?」
にこりと笑って手を差し出した。
*
「りせに里中、か……危なくねぇの?」
「危ないのは、そもそも陽介も同じだろう。願いとその代価は必要だ」
りせも千枝も、その場で即断はしなかったが、その程度は想定の範囲内だった。そもそも、願いを叶える代わりに戦う、ということの意味を理解し、それでも険しい道を選ぶような人間が必要とされる。立派な魔法少女として、八十稲羽をもう一年も守っている陽介に替えられるだけの存在だ。それを探すのは中々に難しい。当初からそれを想定して勧誘を行なっていれば格別、今更になって、都合良く、とは柚樹自身も思うのだ。正しく、自業自得である。
(千枝は、押せば落とせる)
伊達にリサーチを行なっているのではない。彼女には、不治の病に冒され、いつ果てるとも知らない親友の天城雪子が病院にいる。彼女を救うため、いずれは契約するのではないかと思っていた。千枝は魔力適性でこそりせには劣るが、身体能力も優れているので、それなりにシャドウを倒していくことは出来るだろう。りせの方は、彼女自身はともかくとして、優れた魔力適性を有していることは分かっていた。元々、りせの方に先に目を付けていたのだ。それが、仲の良い先輩の千枝も、弱いながらも素養を有していたため、好都合だと思って探りを入れた。
「俺のは、吊り合わないくらいに大切な願いだったからさ」
陽介はシャドウを倒し、街の安全を守ることを苦に思っていない。それどころか、彼なりの生き甲斐にしているようだった。
(無理もないか……他に友達もなくしてしまったんだ)
凶暴なシャドウと戦うためには、戦闘方法も学ばねばならない。日々のパトロールは欠かせず、使い魔を見付けたら、力を付けない内に倒す。そして、シャドウに憑かれた人が、事件を起こさないように自殺をしないようにと、常に警戒しているのだ。必然、放課後の時間帯はそれに費やされる。それまでには陽介にも友人は数多いた。彼曰く、深い付き合いの友達はいなかった、とのことらしいが、今のように、同学年の生徒である千枝に気付かれないほど、影が薄くはなかっただろう。
「……小西先輩は、元気そうだな」
「あぁ。よかったよ、先輩が生きててくれて。お前に出会ってよかった」
陽介は共に事故に遭い、生死の境を彷徨っていた、想いを寄せる小西早紀を助けるという願いを叶えるため、その場に現れた柚樹と契約した。事故現場に柚樹が現れたことは偶然だ。何かの魔力を感じてたまたま現れた場所で、今にも事切れそうな少女と、必死で名前を呼ぶ陽介とに出会った。少女の方は意識もなく、魔法少女としての素養もないようだったので、その場は外れだと思ったときに、陽介と目が合った。
『魔法少女』と、柚樹や、同じようにこの星でエネルギー回収を行うものは呼んでいるが、実体的に少女でなければ使えないというものではない。こちらが選んでいるわけではないので、そもそもの仕組みは柚樹にも分からないのだが、男であっても、求める素体とはなりうる。目が合ったときに、柚樹は思わず尋ねていた。その少女を助けたいか、と。夢現のままに頷いた陽介に、『だったら、俺と契約して魔法少女になれば良い』と畳み掛けたのだ。陽介は、良く分からないけれど、と前置きしながらも、先輩を助けられるなら契約でも何でもする、と二つ返事で頷いた。
契約はすぐに成立した。
「でもあの男はどうかと思うんだよな、ちょっとチャラそうだろ」
「小西先輩の彼氏のことは、陽介が口出しすることか?」
「そりゃそうだけど」
彼の恋は、魔法少女になった時点で終わった。そう、陽介自身が言っている。
『だってさ、俺は、八十稲羽を守るヒーローみたいなもんじゃん? だったら、恋愛に現を抜かしてなんていられねぇだろ』
恋も遊びも陽介は捨ててきた。何度も死ぬような目に遭って、何度も辛い思いをして、それで尚、陽介はこの街のために――自分のレゾン・デートルのために、走ることを止めない。そんな風にしか生きられない陽介は弱音を吐いたりしなかったけれど、たった一度だけ、暮れて紅く落ちる夕陽を高台で見詰めながら、涙を流したことがある。何にも無くしてしまった彼の、それを作り出したのが自分だとは痛いほどに分かっていたけれど、柚樹はもう、陽介をただの自分たちのエネルギー源の一つだとは見られなくなっていた。抱き締めた身体は、強大な敵と対峙しているとは思えないほどに小さくて、折れてしまいそうだった。それ以来、柚樹はこの、自分にとって特別過ぎる相棒の傍を離れないようになった。シャドウとの戦いでも危険がないように気を配って(尤も、陽介は十分に力を付けているため、危機に陥ることはほとんどないのだが)、彼の身の安全を最優先とするようになった。陽介も柚樹に全幅の信頼を寄せ、相棒、と嬉しそうに頭の中で会話を重ねる。
「先輩が幸せそうだから、仕方ないか」
「淋しい?」
「いんや。俺には相棒がいるからな」
柚樹がいるから平気だ、と陽介は語る。手を伸ばして頭をくしゃりと撫でると、陽介は瞳を細めて、無防備に笑っている。陽介はきっともう、一人で孤独に泣くことはないだろう。そして、彼にとっての唯一はもう、柚樹でしかありえないのだ。誰に奪われる虞もない。単なる人間の恋人よりも、複雑に絡んだ糸のような絆は、決して解けたりはしない。けれど。
ワルプルギスの夜という規格外のシャドウが現れることは知っている。陽介ならばそれを倒せないわけがない。青いカードは力の源泉。そして、肌身離さず持っているソウルジェムが濁り切ってしまったとき、彼もシャドウと化してしまう。魔法少女として、逃れようのない宿命だ。
(だから……もっと魔法少女が必要なんだ)
陽介が戦う必要のないくらいに、強大な魔法少女がいれば。そうすれば、彼をシャドウにさせずに済む。
(エネルギーなんてどうでも良い。俺はただ)
陽介を魔法少女に導いてしまったことを後悔している。あの日、彼が想い人を喪ったとしても、それは条理であり、運命であり、詮なきことだった。人の道を外れてしまったときに、陽介は二度と、平凡な幸せなど得られなくなったのだ。その事態を招いたのは、柚樹に他ならない。誰よりも良く知っている。それを悔いないはずがない。
それと同時に、依存するように陽介が柚樹以外を見ないのは、彼が魔法少女だからだということも痛いほど知っているのだ。髪を撫でても、抱き締めても、陽介は決して拒否したりしない。むしろ、優しさとして受け入れるだけだ。それは同時に心地良くもあるので、罪悪は募る。
「そういやさ、お前を襲ったって魔法少女はなんなんだ?」
「それについては調査中」
りせのクラスに入ってきた転入生だとは聞いたが、まさか、襲われるとは思ってもみなかったのだ。遅れを取ったのは珍しい。
(久慈川りせに近付くな、か)
縄張り争いの一端ではないか、と陽介やりせらには言ったものの、柚樹自身は腑に落ちていなかった。柚樹の存在を知り、的確に狙ってくる意図が分からない。
「ま、考えてもわかんねーことは仕方ないか」
陽介は布団に倒れ込むと、そのまま目を閉じた。
「お疲れ、陽介」
*
陽介による魔法少女体験コースは順調に進んでいた。無数の苦無の投擲による撹乱と、疾風魔法――ガルダインでのシャドウの撃破は粛々と行われ、りせや千枝も、シャドウへの恐怖よりも、爽快感を得ているようだった。また、千枝の方は、天城雪子のこともあり、かなり契約には前向きになっている。りせは、柚樹や陽介に幾度となく助けられていることから、いずれに対してもかなりの敬愛を覚えているらしく、「センパイたちの役に立てるなら」と、言葉を漏らしていた。
(懸念すべきは、白鐘直斗、か)
得たデータはすべてが脳に記録されており、コンピュータと同程度にはその保持は難しいことではないが、考えを纏めるという意味で、柚樹は手帳を好んで使っていた。記載されているのは陽介のことがほとんどだが、新しいページにはりせ、千枝、そして白鐘直斗の文字が赤で丸を付けられている。
(陽介に危害がなければ、と思ったが……りせに接触しているのは気になる)
「あれ、千枝センパイ、早かったですね?」
りせの声に顔を上げると、消沈した様子の千枝がこちらに向かってきていた。病院に入って、まだ、さして時間は経過していない。
「うん……雪子、今、調子悪いみたいでさ」
「そうなんですか……」
「あ、えっと、身体がって言うより、元気ないとこ、見られたくないって感じ。よくあるんだ」
明日また行くから、と千枝は空笑いして、りせの腕を引っ張った。
「肉でも食べて、元気出す!」
「また肉ですかー! 千枝センパイは太んないから……」
こうして見ていると、平凡な女子中学生に見える。魔法少女としての素養がある、なんて誰にも思われない。笑いながら病院の自動ドアを抜けて、千枝は青い空をさぁっと見上げた。
「あれ、千枝センパイ……あそこになにか」
りせが指差した先、病院の壁面の一画に黒い染みが出来ていた。慌てて柚樹が駆け寄ってみると、黒い結晶のようなものが突き刺さっている。
「グリーフシード! しかも、孵化しかかっている……!」
いつもは陽介といるから、そのままシャドウの結界に取り込まれて、大元を叩くだけで事が済んだのだが、あいにく、陽介は外している。
(むざむざと二人を殺させるわけにも――)
柚樹にもそれなりに力はあるが、魔法少女のそれには及ばない。そもそも、陽介をサポートする程度の能力しか結局はないのだ。自分で倒せるくらいなら、端から他の魔法少女など欲しない。
「結界が出来上がる前にここから離れるぞ、二人とも」
「待って!」
振り返ると、千枝がカタカタと震えていた。
「ダメ、ここには雪子がいる……放ってなんておけない」
以前に陽介が、病院などの負の感情が強い場所にシャドウが取り憑いた場合は危ないと話していた。病院で眠る親友のことがあって、千枝はそれを覚えていたのだろう。
「りせちゃん、花村呼んできて! あたし、ここで見張ってるから!」
「無茶ですよ、千枝センパイ!」
「そうだ、千枝。結界に閉じ込められたら危ない」
「でも!」
千枝は頑として動かないようだった。
(ここで『天城雪子』を喪うのは、手として良くない)
泣き出しそうな彼女の様子を見て、心が揺さぶられるわけではない。そもそも、柚樹にとっての地球人は単なるエネルギー回収手段でしかなく、基本的には、人が虫を簡単に潰してしまうのと同じ、誰が死んでも生きても構わないような存在だ。それでも陽介と出会い、彼を大切に思うようになって、少しは彼らの感情も理解した。その深いが故に強いエネルギーとなっているのだ、と。
(それでも俺は、陽介を救うことの方が優先なんだ)
せっかく見付けた魔法少女候補を、逃したくはない。
「分かった。千枝、それなら俺もここに残る。多少は戦えるが、あまりアテにはしないでくれ。りせ、陽介を連れてきてくれれば俺がここまで導くから、急ぐように」
りせは頷くと、すぐに駈け出した。
「ありがとう、柚樹くん……」
千枝はじっと壁の染みを見詰めていた。大切な親友を危険に貶めようとする、その災厄を逃すまいと。
「願い事さえ決めれば、この場でも契約が結べるが、どうする?」
病床の親友、天城雪子の回復。
千枝が願うならばきっと、それだけだ。
「うぅん、こういう事態だからってだけで契約はできない」
陽介は、小西早紀の存命を祈った。その祈りの対価として、独りで戦っている。誰かのために奇跡を願うという響きはとても綺麗だが、感情は綺麗事では済まされない。陽介は見返りを求めないことの証として、二度と、小西早紀に近付かないと決めていた。傍にいればきっと、望んでしまうから。だから恋を捨てた。陽介は千枝にもりせにも、その苦しさや辛さを説いている。千枝はそれを受け止めているので、簡単には頷かないのだろう。
「柚樹くん! 結界が!」
ぐにゃりと空間が歪む。
(陽介、どうか、無事で)
使い魔程度には負けないだろうけれど。
*
駆け付けた陽介とりせ、千枝、そして柚樹の目の前で、グリーフシードは孵化した。中からはマスコットのような可愛らしい外見が飛び出してくる。身体は小さいが、秘めている魔力は外見とは比べ物にならなかった。
「せっかくのとこワリィけど、一気に片付けんぞ」
小柄な身体に向かって、陽介はオレンジ色のリボンを仕向ける。ぐるぐる巻きになった形のシャドウに、陽介は笑ってカードを砕いた。疾風魔法が飛び掛かろうとする刹那、小さな人形のような顔が、がばっと口を開いた。
(何だ、アレは――!)
そこから排出されたのは、また、おもちゃのような外見だった。
(あっちが本体!)
「きゃあああああああああああっ!」
りせの悲鳴が聞こえた。柚樹は慌てて陽介の腕を引っ張ると、そのまま背後に突き飛ばした。飛んできたシャドウの本体と思しきものは、大きく口を開いてそのまま柚樹の腕に噛み付いた。
「ゆ、柚樹くん!」
「相棒! っ、なんだ、あっちが本体……!?」
「陽介、それより早く!」
腕が持っていかれそうだった。ボディならば修復可能だし、それでシャドウを惹き付けられるならば悪くはないが、引き千切られてから右往左往したくはない。陽介は「わかった!」と返事をすると、柚樹の腕を噛んでいた本体の頭に苦無を突き立てた。おもちゃみたいな顔が嫌そうに歪むと、腕は何とか離してくれたが、反動で柚樹は倒れ込んだ。
「気を付けろ……、陽介」
思った以上に強力なシャドウだったらしい。
(魔力が……随分と)
千枝が案じた通り、病院に取り憑けば、甚大な被害を齎していただろう。
「二度目はねぇぜ」
陽介は苦無を本体の頭に向かって何本も投げ付けた。それ自体にはダメージはほとんどないが、元がリボンを変質して作らせている苦無は、元の形状に戻すことが可能になっている。小柄な人形に仕掛けたのと同じように、本体にリボンが巻き付いた。それでも先ほどの攻撃と同じものを警戒してか、陽介はスピードアップの魔法をかけて、左右に視線を散らすようにして近付く。陽介は魔法で跳躍力を上げて、ジャンプした。シャドウの目の前で、青いカードを砕く。
「ブレイブザッパー!」
掛け声と共にごうと風が唸り、シャドウは内側から破裂した。コトリとグリーフシードが落下する。
「相棒、平気か?」
駆け寄ってきた陽介は、慌てたように治癒魔法を腕に掛けてくれた。傷が碧の光で癒えていく。
「陽介……ちゃんと、グリーフシード」
「花村センパイ! これ」
駆け寄ってきたりせが、陽介の肩を叩くと、グリーフシードをそっと差し出した。大きな目が涙で濡れている。
「花村ッ! へ、平気なの……?」
「俺はへーき。かなり、ヤバかったけどな」
「う、う……せ、センパイ、死んじゃうかと思った……ぁ」
「あーほら、りせちゃんも泣かない。結界、なくなりそうだし」
千枝の言う通り、結界は消え始めていた。目配せすると、陽介は心得たように頷いて変身を解く。わんわん泣くりせを千枝が宥めているのを安心した表情で陽介は見詰めていた。空は青い。まるで何事もなかったかのように、結界の外は動いている。
「付き合わせるなんて、やっぱ……よくなかったかな」
「素質があるものを導くのが俺の仕事だって言ったろ? 陽介はそれを手伝ってくれただけなんだ、責任を感じることはないよ」
「それと……さ。結界の中で、白鐘直斗、に会った」
「白鐘直斗?」
恣意的な感情を陽介に植え付けるのもどうかとは思ったが、白鐘直斗に関しては、危険因子だと柚樹は捉えていた。第六感が告げている。だから、敵対者ではないか、と陽介には言ってあった。
「俺は大人しくしてろ、なんつぅから、追い返してやったんだけど」
陽介は柚樹の言葉を信じているらしく、怒ったような口調だった。
「……りせを巻き込むな、って」
道理で陽介は二人のことを気にしているわけだ、と合点がいった。同時に、どうしても柚樹の障害となりそうな『白鐘直斗』の存在がますます気に掛かる。
(りせの話が正しければ、面識はないはずなのに、なぜ?)
魔法少女になれば危険が伴う。ことワルプルギスの夜という大型のシャドウに関しては、身の保証は出来ない。それを、陽介に対峙させたくないと、柚樹が思うほどには。
(襲来まではもう時間がない――一刻も早く、使える魔法少女を増やさなければならないというのに)
「りせは、魔法少女になれば強力だ、という話はしただろう? やはり、白鐘直斗は、その力を恐れているんだろう」
「そーゆーこと、か……皆で戦やぁ楽だってのに」
「世の中のすべてが、陽介のように善良な考えは持っていないんだよ」
にこりと笑うと、陽介は肩を竦めた。
「おだてすぎだっての、相棒」
「本当だって。この前だって、グリーフシードを白鐘直斗に分け与えようとしていただろ?」
「あれは……せめて、友好的な関係になれたらと思って」
いりません、と跳ね除けた白鐘直斗の瞳は、忌まわしいものでも見るかのように柚樹を見ていた。まるで、すべてを知っているのだと糾弾するかのように。
(やはり気の所為では済ませられないな。調べてみないと)
「ってかりせ、俺も柚樹も平気だったんだから、いつまでも泣いてるなって」
「花村がドジ踏んだ所為でしょ!」
「言ったな、里中サン……でも、怖い想いさせたのは確かだった。悪い」
陽介は二人に向かって頭を下げた。途端に千枝が狼狽える。瞳がぐるぐると回っていた。
「や、やだ、そんなマジんなんないでよ! ね、りせちゃん?」
「ぐす……花村センパイの所為じゃないよ……りせたちが、悪かったの」
考えが甘かったんだ、とりせは涙に濡れた目で笑った。
*
「りせには無理……! あんな風に戦うなんて、無理だよ……ッ!」
「そうか。無理強いしても仕方がないし、俺は契約を必要としている子を探さないといけない。さよなら、りせ」
「奇跡も、魔法も、あるよ」
天城雪子の病は現代医学では治らない。医者は匙を投げている。そうなれば、千枝は『奇跡』に縋るほかはない。
「契約成立だな、千枝」
「ホントに、どんな願いでも叶うんだよね」
「もちろんだ」
柚樹は笑顔を見せた。
「天城雪子の病は治る」
「遅かったね、探偵くん?」
「里中、千枝――さん」
遅かった、と直斗は呟いた。
りせは千枝の身を案じている。戦いについて消極的であったとしても、魔法少女としての素養の低い千枝が危険に陥ったとき、りせは、契約する気になるかも知れない。
「助けてくれたんだよね、直斗くん……」
「あなたは、関わり合いを持つべきではない、と言ったはずです! 久慈川りせ! 何度忠告すれば理解してくれるんですか? 分からない? 理解出来ない? なぜです!」
白鐘直斗は、柚樹よりも先を見通しているようだった。まるで、すべて、知っているかのように。
「なぁ、柚樹。直斗くんって……最初から全部知ってるみたいだよな」
(予め知っている?)
必中の攻撃を躱したのが身体能力によるものとは思えない。何か、絡繰りがあるはずだとは思っていた。瞬間的に移動する能力か、若しくは――
「時間」
それに思い当たって柚樹が呟いたときには、白鐘直斗はすでに背を向けていた。
「柚樹が俺を騙してるって、どういうことだ?」
「信じられなくても仕方がありません。或いは――あなたは騙されてすらいないのかも知れない」
「知ってたよ、そんなこと」
陽介は穏やかに笑いながら手の中でオレンジに光るソウルジェムを見ていた。
「だって、魔法少女やってもう一年だぜ? 気付かない方がおかしいだろ」
「それならどうしてですか! 彼はあなたにそれを黙って」
「言ったら俺がショック受けるから。そんなとこだろ、どうせ」
な、相棒。
全幅の信頼を寄せる目で、陽介はにっこりと笑っている。
「もういい加減にしてください! 勝手に自分を粗末にしないでください! あなたを失えば悲しむ人がいることにどうして気付かないんですか? あなたを守ろうとしていた人はどうなるんですか!?」
「それって……直斗くんのこと?」