久々に届いたメールは、陽介の心を明るくさせた。何せ、2年に上がって以降、めっきりメールも電話もなくなっていた昔の友人からのものだったのだ。そういえば去年の文化祭の頃には写メを送って貰ったりしたな、なんてことも思い出す。メールには、文化祭が最近あったので、久々に陽介のことを思い出した、と書かれてある。八十神高校の文化祭も間近い。
「花村、なにニヤニヤしてんの?」
「ん? ちょっとな」
思えば、以前の自分は、田舎なんかに転校しなければならなかった鬱屈した感情から、都会との繋がりを保っていたくて桂木とメールを交わしていたのだ。それが、稲羽市連続殺人事件に巻き込まれ、テレビの中に入る様になり、すっかり向こうのことは忘れてしまった。偶に来たメールも簡単に返すだけで、忙しさにかまけて、不義理をした。そんな感情もあった為、思うよりも丁寧に送られてきたメールに、自分のことを覚えてくれている人がいるのだという嬉しさもあり、自然と笑みが浮かんだのである。
(ここでメールが来たのもなんかの縁だし、昔みたいに、またメール交換すっか)
今では親友と呼べる存在も出来て、八十稲羽での暮らしを満喫しており、人と人との絆の大切さを知った陽介だ。細い縁でも大切にすることが大事だと学んだのである。そうであれば、こうしてメールしてくれた程度には自分を気に掛けてくれているだろう桂木にも、恩義を返したい。そういう願いを込めて、陽介は文面を慎重に選び、丁寧にメールを綴った。覚えていて嬉しかったということ、不義理をしてい悪かったということ、こうして又メールをくれたことに感謝しているのだということ――それらを煩くならない様に出来るだけ簡潔に纏めて、メールを送信した。もしも返ってこなければ、それはそれまでだろう。出来たらもう一度とは思うが、それは相手に強要出来ることでもない。返ってきたらラッキー程度に考えよう。そんな気楽な気持ちで陽介はメールを待った。けれども、ズボンのポケットが揺れた時は、ワクワクしたのも事実だった。そして休み時間に、待っていた相手からのメールだったことを知って、笑みを深めてしまった。
「陽介が学校で携帯弄ってるの、珍しいな」
「そか? ま、普段はそんなにメールしないからな」
「随分と嬉しそうにしてるけど、誰から?」
「誰って、ダチだけど」
「ふーん……」
月森は何か言いたげに陽介の携帯を一瞥したが、結局何も言わずに視線を逸らした。
きっと月森にも、前の学校の友人がいるのだろう。陽介の知らないコミュニティがある。それをどうと思うことはお互いにないだろうけれど、前の学校の友達からメールが着て、なんてひけらかしたとしても、余り良い気分にはならないだろう。態々その相手を明かすべきこともないし、と陽介は言わないでおくことにした。親友ではあるけれども、何かもかもを常に公開しておかねばならないということではない。況して、陽介よりも広く交友関係があるだろう月森であれば尚更にそうだ。
「陽介、今日空いてる? 何か食べて帰らない?」
「いいけど、お前、部活とか言ってなかったか?」
「そういう気分じゃなくなった」
「どういう気分だよ……」
部活に熱心な一条が泣くぞ、と思ったが、言わないでおいた。月森は気紛れに部活に出ていて、それを向こうも了承している。そうであれば、陽介からの余計な口出しも無用だろう。それに純粋に、月森と行動を共にするのは好きだし、何か食べに行くのでも歓迎だった。
その日以来、陽介と桂木は頻繁にメールを交わす様になった。3日に1遍位は、どちらかがメールを送る。どちらにしても、他愛もないメールばかりだった。陽介はまず、2年に進級して以降の、自分の様子を幾らか送った。勿論、テレビに入ったのどうだのということまでは言わなかったが、連続殺人事件が起こったこと、その被害者が自分の身近な先輩であったこと、そして自分と同じ転校生と事件の推理みたいなことをしている――なんてことだ。他に、ジュネスの店長の息子として商店街からは疎まれていることや、アイドルと知り合ったこと、男装の名探偵やヤンキーの後輩、そして、新しく増えた同居人の話。桂木の方からは、陽介の知り合いの近況が明かされた。誰と誰が付き合っただのどうだの、陽介がいなくなって寂しがっている女の子がいると聞いたり、クラスの様子なんかを色々と桂木は送ってくれた。短い付き合いだったけれども、前のクラスメイトがどう過ごしているのかを知れて、それなりに陽介も楽しかった。半年程度でも、もっと絆を深めることは出来たのではなかったのか、とも思ったのだけれど。
「花村君、何撮ってるの?」
文化祭での出し物――合コン喫茶の外装を携帯で撮っていると、後ろから近付いてきた雪子が不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと、写メを送ってやろうかなーと思って」
去年は、田舎臭い姿を見せたくないと変な意地を張って、写真を送れなかったけれど、今年こそはと思ったのだ。
『俺が提案した合コン喫茶に決まって、マジ笑った』
流石に、女装コンテストの話だけはしないでおくことにして、まだ準備中の喫茶店の様子を送った。彼からの返信は、馬鹿な提案をするな、というツッコミで、成程その通りだったな、と陽介も思った。
下らない提案をした所為で、サクラをやる羽目になり、苦い経験をしてしまったのである。
ミスコンについては、折角の仲間達の勇姿を送ってやらない訳にはいかないと張り切って写真を撮り、俺の知り合いの女子レベル高いだろ、と送った。一人くらい紹介しろと返ってきたが、女子に怒られたくなかったので、無理と返したりもした。
そんな風にメールの遣り取りをしていたので、自然と携帯を見るのが楽しくなってきた。
「陽介、最近、楽しそうだけど……何見てるの?」
月森は前の席からぐるりとこちらを向くと、ジト目で陽介の携帯を見た。
「メール」
「そんなに楽しいのか?」
「まぁな」
不満そうにしていたと思えば手を伸ばしてきたので、慌てて陽介は携帯を胸の方に引き寄せた。
「何で逃げるの」
「なんでってお前、そっちこそなんで人の携帯取ろうとしてんだよ」
「陽介君が、携帯ばっかり見てるから」
「なに拗ねてんだよ、相棒」
メールは所詮メールでしかないし、実際に対面して会話している方が重要だ。陽介も携帯を気にしていることは気にしているが、喋っている時にまでそれを優先していたりはしない。今の様に、元々携帯を見ていた所に月森が振り返った様な場合は別だろうが。
「拗ね……陽介、あのさぁ」
月森が喋り出そうとした刹那、又、着信音が響いた。ぴかぴかと携帯のランプが紅く点滅する。
「……見ないの?」
「人と喋ってる時まで携帯見ないっての」
「……。良いよ、別に、見て。どうせ大したことは言わないから」
ふいと月森は背を向けた。何を怒っているのだか、と思いながら携帯を開いて、又、メールを確認する。
(なんだコイツら、去年とおんなじでやる気ねぇの)
変わらない様子にくすりと笑うと、また着信音が聞こえた。何事かと思って新着メールを確認する。
『一人だけ楽しそうにしちゃって』
それが目の前の友人からのメールだったので、思わず陽介は噴き出した。
(ば、バカだ、コイツ!)
態々気を惹く為にメールで対抗するなんて、何を考えているのだろうかと陽介は笑いながら机を叩いた。月森は振り向かず、又、着信だけが鳴り響く。
『笑うな、陽介』
ひぃひぃと笑いが収まらないまま、陽介も同じくメールを作成する。
『月森がバカになった!』
『なってない。楽しそうで羨ましいなぁと思っただけです』
『変なことで嫉妬しなくても、俺の相棒はお前だけだって』
『それは知ってる』
『自意識過剰だな、月森センセイ』
『知ってる癖に』
「アンタたち、なにやってんの……?」
一心不乱に携帯で会話する様は、傍から見ればどうやら異様だったらしい。千枝が不審そうにこちらを見ていた。
「里中、聞いてくれよ、月森がな」
「こら陽介、変なこと吹聴するな!」
瞬時に月森は振り向くと、陽介の腕を掴んだ。ぎりっと銀色の瞳が睨み付けるので、陽介は右手を振った。月森がお怒りだから、止めとく。察したらしい千枝は、呆れた様に肩を上げた。曰く、付き合ってらんない、とのことだ。
陽介はメールの画面を矯めつ眇めつしながら、頭を悩ませていた。ちょっと前までは普通にメールの遣り取りをしていた――と言うより、ついほんの少し前まではそうだったのだ。いつも通り、メールが着て、それに陽介が返した。陽介は彼女出来たのか、と問われたので、ちっともだとメールを打った。そして、桂木はどうなのかと尋ねたところである。その返答で桂木は、彼女はいないと答え、ずっと好きな人がいるのだと返ってきた。ここまでは分かる。
「陽介、何、唸ってるの?」
「や、ちょっと、色々あって……」
親しくしてきた友人の恋路とあり、元々恋バナ大好きな陽介は、当然首を突っ込んだ。なにそれ、俺も知ってる人? 返答は是。陽介も良く知ってると返ってきた。とすれば、昔のクラスメイトか何かなのだろう。知り合いとなれば、俄然張り切ってくる陽介は、誰だよと尋ねたが、それについてはノーコメント。どんな奴かと聞いても、秘密だとばかり返ってくる。焦れた陽介は、告白しないのかと尋ねた。桂木は良い奴だ。顔も悪くないし、性格だって問題ないだろう。そう思ってメールをすれば、告白って、直接会ってした方がいいよな、と見当違いの答えが返ってきた。それは確かにそうだろう。陽介が出来たら直接の方が良いんじゃないかと送ったところ、直接は出来ないから、とリプライが返ってくる。そして問題はここである。
「……『一年前にいなくなっちゃったから』か」
「陽介の話?」
「と、思うよなぁ」
そういう訳で、陽介は悩んでいたのである。
桂木は歴とした男である。そして陽介も当然、男である。どうにも昔から、顔が可愛いのどうだのと、変な男に言い寄られることも少なくはない陽介だが(文化祭の女装写真の行く末を知りたくない理由もそこにある)、相手は友人だ。しかも、親しくメールの遣り取りをしていた仲。そんな相手から告白を受ける様な謂れはないと思っていた。
(もしかして、わざとか? 桂木に話したっけか、そういうこと言われるって話……知ってたら揶揄ってってことも……いやしかしアイツそういうヤツだったっけか?)
「メール相手?」
うん、とぼんやり陽介は頷いた。
「……告白されたとか」
「そういうことになんのかな――って、うえっ!?」
何も考えずに返答して、何を言ってるんだと慌てた。月森は陽介の返答を聞くと、無言でオレンジの携帯を取り上げた。
「ちょ、月森、なにすんだ、ってか、いつからいたんだよ!」
さっきから、と不機嫌そうに言い、素早く携帯を操作して、月森は眉間に皺を寄せた。
「陽介、鈍い。こんだけ言われて、まだ気付いてなかったのか?」
「はぁ? なに、どれがよ?」
「花村は可愛いところあるから、とかさ、こんなの、普通の友達に送る? おまけに最後の、決定的だろ」
言われて返す言葉がなかった。それまでのメールは兎も角、最後のはやはり、と言わざるを得ない。
「だいたい、1年も前に音信不通になった相手に、メールなんてする? どう考えたって、気があるって態度でしかないだろ。陽介ホント鈍いんだよ」
「うる、さい!」
奪われた携帯を取り返して、陽介はじぃっと月森を睨んだ。
「言っとくけどな、可愛いだのどうだの、お前が送ってくるから慣れてたんだっつの! 変だと思ってんなら、やめろ」
「えっ――あ、」
「……1年も前に音信不通になった相手からメール着て、お前、うれしいとか思わないのかよ。半年しかいなかったけど、覚えててくれたヤツがいたんだとか。そりゃ、お前に比べれば、友達なんていないんだろうけど」
喋っている内に腹が立ってきて、陽介は背を向けた。
(もっと仲良くなれたら、友達作ってりゃ、別れても寂しくなんてなかったとか思ったって、いいだろ)
「ま、待ってよ、陽介」
そのまま陽介は走り去った。月森の馬鹿、とかそんなことだけをぐるぐる考えながら。
ぱたぱたと走って、陽介は何となく高台に着ていた。この場所に来ると、どうにも月森と話していたことを思い出す。
(別れて1年経って、ふらっとメールしたら迷惑なんだろうな)
多分、胸に閊えるものがあったのは、その為だ。月森は来年にはいなくなってしまう。親友だと思っても、どうして距離は遠い。桂木とメール出来るということは、1年後の自分と月森に置き換えた時に、そうやって繋がっていられるのではないかという1つの指針でもあった。無論、純粋に旧友とのメールが楽しかったということもあるのだけれど。
(特別だ――なんつっても、そんなもんだ)
繋がりを消したくない。そう思っていた感情を否定された様で、怒りとも悲しみともつかない感情に囚われた。そんなこと、月森には関係のないことなのに。
「……寒くなってきたな」
冬も徐々に近付いている。曇天に気分も沈んだ。溜息を吐いていると、着信音が響いた。桂木が又メールを寄越したのだろうかと思ってメールを開くと、別の人物からのメールだった。
『さっきはごめん。陽介を怒らせたかった訳じゃなかったんだ。ただ、俺が勝手にイライラしてて……言い過ぎてごめん。単なる八つ当たりだった。陽介の言いたいことは分かるし、陽介の方が正しいよ。直接謝らせて欲しい。今、どこにいる?』
選択肢は3つある。メールを無視すること、あべこべな場所を教えること、そして、現在地を素直に教えること。
『高台』
さして迷うことなく陽介はメールを返した。ここで暮れていく日を眺めていると、どうして怒っていたのかということすらあやふやになってくる。雄大な自然とは斯くも偉大なものであるのか、そんなことまでも、つらつらと思った。
来るのが遅ければ帰ってしまおうと考えていたのだが、予想よりも早く、息を切らした相棒が現れたので、逆に面食らってしまった。驚いて言葉をなくしていると、月森は呆気に取られていることには構う様子もなく陽介に近付くと、ぎゅっと抱き締めた。
「嫉妬したんだ。陽介があんまり嬉しそうにしてたから……まさか本気で告白されてるとまでは思ってなかったけど」
何を言っているんだろうかと、陽介は腕の中で首を傾げた。
「言っただろ。普通の友達にあんなこと送らないって。俺も同じなんだけど、やっぱり陽介は気付いてない」
「……お前、本気で謝る気で来たのか?」
「えっ? あ、いや……ごめんなさい」
どうやら謝るつもりで来た訳でもないらしい。陽介は嘆息した。
「陽介が、メールアドレス変更するとか、そういうの気にしてるのは分かってた。前の学校の友達とか気にしてるって言うのも。でも、俺としては、そういうのはやっぱり、忘れて欲しいかなって思ってたりして――あ、俺だって、前の学校の友達とか、全然連絡ないし。本当に、一件もない」
「えっそうだったのか? それはなんてか……わ、ワリィな……?」
てっきり、月森は以前の学校でも交友関係が広いとばかり思っていた。考えてみれば、月森は基本的にメールが嫌いだと言うし、携帯を弄っている様子も殆ど見ない。誰か別の相手とメールしているらしい様子もなかった。
「それは別に良いんだけど。俺の知らない相手と楽しそうにしてる陽介が嫌だって言うのは、単なるエゴだった。ごめんね、陽介」
(嫉妬とか、エゴとか……)
何だろうこれはと思っていると、月森はにこりと微笑んだ。
「……桂木とメールするのは楽しいけど、お前とはやっぱちげぇっつーか……そういうことで分かるか?」
「うん。有難う、陽介」
取り敢えず桂木のメールには、気付かなかったことにして返信しようと陽介は思った。
ペルマガ3見て、週一回メールだって!? うっそそんなにやりとり!?
陽介は都会と繋がってたいからわかるけど、向こうまじで気があるんじゃないの!?
ってびっくりしました。うちの(?)月森が嫉妬してます。
眠かったのでもう題名とか考えてる余裕がなかったです。シンプル・イズ・ベスト。