これまで中々、苦労してきている。
高校2年の頃、出会った友人等と掛け替えのない時間を過ごした月森柚樹は、親友の花村陽介に恋をした。直向きな姿と苦労を見せずに明るく振る舞う健気な性格、そしていつだって相棒と呼んでくれるその優しさが好きだった。そうは言っても、相手は普通の性癖だ。自分の恋が叶いそうにないことを重々理解していた月森は、せめて友達でいたいと思い、別れてからも熱心にメールを送った。
陽介は元々は都会育ちで、稲羽市を気に入っているとは言っても、大学は関東の方に行きたいと思っているらしい。彼はメールでそんなことを話してくれた。それを聞いた月森は、だったら自分と同じ大学に進学したらどうだろうか、と熱心に勧めた。成績は優秀だったが、それ程レベルの高い学校を狙っていた訳でもないし、志望していたのは総合大学だったので、陽介の志望する経済学部も同じキャンパスにある。夏休みには八十稲羽に戻るから勉強を見てあげるだとか、一緒に勉強すれば能率も良いとか、散々色々なことを言い尽くした結果、遂に陽介は折れて、同じ大学を志望することを納得してくれた。但し、受かるかどうかは分からない、と続いた。それでは困ると夏休みにスパルタ授業を行ったり、メールや電話で発破を掛けてみたり、アレコレと月森が手を尽くした結果――今年の春、無事に同じ大学に受かったのである。
次に月森は、陽介と2人暮らししようと企てた。布石は既に夏休みの内に打ってあったのである。陽介の母親と会い、陽介に勉強を教えていることや、志望大学を選ぶ際には自分が色々と口添えをしたのだと話した。元々陽介は、余り勉強が出来る方ではない。それを懸念していた彼の母親は、志望校のランクと成績が上がったことを甚く喜んでおり、それに尽力した月森を直ぐに気に入ってくれたのである。そうなると話は早く、もしも受かったらという仮定で、良かったら2人で暮らせば家賃も折半で良いのではないかと提案しておいたのだ。受かったところで、即座に陽介にもそれを伝えた。既に母親に話は回してあるし、一緒に暮らせば、ご飯だって作るから、と。月森のご飯を気に入っている陽介は、その提案に少し戸惑いは見せたものの、母親からも良い話ではないかと言われたこともあったらしく、月森の言葉に頷いてくれた。アパートについては、既に良さそうな場所を見付けてあったし、万事は上手く整った。
そういう訳で、月森と陽介は同居している。講義やバイトは色々とあって、常に一緒にいられる訳ではないけれど、家に帰ると陽介が待っていてくれたり、逆に食事を作りながら陽介を待っていられるのは至福だった。他にも利点は幾つもある。
「あ、そうだ、月森。今日合コン行くから、夕飯いらねぇ」
「合コン? 水臭いな。俺も連れてってよ、陽介」
「お前、いつも付いてくるよな……ま、いっか。聞いてみるから待ってろ」
大学生になると、飲み会だの合コンだのといったイベントが多い。好きな相手がいる月森は、女の子から声を掛けられても正直に言って困るばかりではあるのだが、陽介一人で合コンに行くのを黙って見てはいられない。何せ、高校の頃から彼が女の子大好きなのは知っているし、正直、離れている間に彼女が出来たりするのではないかと、ずっとひやひやしていた位だ。交友関係を傍で見ていられるのも利点である。いざと言う時は、高校の頃からイケメンと呼ばれてきた己の顔が活かせることだろう。恐らくこういうものを、イケメンの無駄遣いと言うのではないだろうか。
「来てもいいってさ。ただし、女の子侍らすの禁止だってよ」
「侍らしたことはないけど?」
まぁそうだよな、と陽介は頷いた。兎も角赦しを得られたので、陽介と共に合コンに向かうこととなった。陽介はいつも気合を入れているのかいないのか良く分からない、紅いジーンズを履いている。昔から可愛い子には滅法弱いのに、余り自分から合コンをセッティングするとか、そういうことはしないらしい。
(真面目だからか? まぁ、助かってるっちゃ助かってるけど)
それなりに色々な所に目を配るのは大変なのである。バイト先のハンバーガー店もチェックして、シフトが入っている時に良く遊びに行っては、周囲の女子アルバイターを観察しているが、陽介に気のありそうな店員は今の所、見ていない。見ていない所で色目を使われたらどうにも出来ないのだが、意外にと言うか、実際真面目な陽介は、朝帰りの1つもしない。飲み会があっても、どうせ大学の近辺で、歩いて帰って来られる距離にアパートを借りているのが幸いしたらしい。いざとなれば月森は春休みに取得した免許を生かして車も出せるが、そういった厄介を掛けたことは一度もなかった。尤も、月森はそれを厄介だとはそもそも思わないのだが。
「お前さ、ほんっとうに彼女作る気ねぇの?」
「良い出会いがあったらって言ってる」
「彼女出来て、一緒に暮らすのが嫌んなったら、俺はいつでも出てくからな」
陽介はいつも、口を酸っぱくしてそう言っていた。彼女が出来ることと、陽介を追い出すこととの因果関係が全く不明なのだが、どう言っても譲らないので、言わせるだけ言わせることにしている。陽介を追い出すこと等、月森に言わせれば天地が引っ繰り返っても有り得ない。彼女が出来ることも多分有り得ないのだが、それは同列の意味しか持たないだろう。
「何、追い出されたいの、陽介は。マゾ?」
「違うっつの。俺は、お前の今後を心配してだな」
陽介だって恋人いない癖に、と言って、ムキになって彼女を連れて来られても困るので、月森は滅多なことは言わない。はいはい、と頷くだけだ。陽介はクマと同居していた所為もあってか、どうにもオカンみたいな根性が身に付いているらしいのである。世話焼きでお節介なのは元の性分だとは思っていたが、こうした恋愛事以外に関しては、色々と言ってくれるのが可愛いし嬉しくもあるので、気に入っていた。
余り器用な方ではない様だが、同居するに当たって、陽介も家事を手伝うと言った。別に1人で暮らすのにも慣れていたし、家事位どうってことないと月森は思ったのだが、変に生真面目な所がある所為か、陽介は月森にばかり負担を負わせる訳にはいかないと首を横に振るのだ。それならば、と食事は月森が任されることにして、洗濯を頼むことにした。全自動洗濯機ならば、纏めて洗剤でも入れてスイッチを押せば綺麗にしてくれるので安心だ。干すのは、皺にならない様にしてくれさえあれば問題がない。それから話し合い、風呂掃除は陽介、部屋に掃除機を掛けるのは月森が週に1度行うということで合意が成された。それでも時折、月森が遅くなる様な時には、気にしてくれるらしく、陽介がご飯を炊いておいてくれたりもした。最初はおかずがスーパーの惣菜だったが、徐々に簡単な物から作る様になって、今ではカレー位ならば陽介も用意して待ってくれることがある。段々、奥さん化が進んでいる様である。無論、普段は月森が、陽介の大好きな肉じゃがだのヴィシソワーズだの何だのを作っているのだが。
「陽介、明日のお弁当、何が良い?」
「んー……そうだな、サンドイッチ食いたい」
「分かった。食べ難いパリジャンサンドにしてあげるよ」
「いやいや、普通のでお願いします」
「バゲット買っちゃったんだよねー。明日の朝、フレンチトーストにしよっか?」
「いいな。アレ、好きだぜ」
にこっと陽介が笑う。こうやって傍で、陽介の笑顔が見ていられる。
(それだけで望むものはない――)
安い男だとは月森自身も思うが、高校2年のあの時に、運命の人に出会ってしまったと思ったのだ。だから仕方がない。これ以上の相手は見付からないし、必要もない。愛して愛してそれが返ってこなかったとしても、月森は決して悔いたりしないだろう。陽介が笑っていてくれれば、それで良いと思うのだ。
(と、言う割に、こうして邪魔する訳だけど)
行動と心理が矛盾しているのは分かっている。されど、傍にいれば欲も出てくるものだ。陽介が、まだ、どこにも行かないから。
「後さ、ホットケーキ! 子供の頃とかにさ、帰ってホットケーキがあると、すっげぇうれしかった」
「美味しいもんなぁ」
「朝からあると感動する」
「じゃあ、明日の朝はホットケーキにしよっか?」
「フレンチトーストじゃねぇの? そっちも好きだし」
「なら、明後日がホットケーキだな」
「ははっ、毎日楽しくていいな」
こういうのは1人暮らし、基、2人暮らしの特権みたいなものだと、陽介は言う。自分の好きな物ばかりが食べられる。食べたいと思ったら、それを食べられる。24時間営業のコンビニが傍にあって、何でも欲しい物は手に入れられる都会暮らしならでは。
「陽介は卒業したら、戻るんだろ?」
「ま、そのつもりではいるけどな。お前はどうすんの?」
「どうしようか。決めてない」
出来れば、陽介が戻るのなら八十稲羽に同じく戻りたい。帰ってくれば温かく迎えてくれる人も多いだろう。居場所がない訳ではない。反面、いつまでも陽介に付き纏うのもどうだろうかとは一応思っているのだ。
「お前は八十稲羽に戻ってくると思ってたけど」
「うん……陽介は、どう思う?」
どうって、と陽介は肩を上げた。
「戻ればいいじゃん。働くアテがなけりゃ、ジュネスで雇ってやるし」
「本当に? いざって時は、陽介が養ってくれるんだ?」
「や、養うとは言ってねぇぞ……?」
陽介は警戒した様に後退った。
(そっか、陽介の傍にいても良いんだな)
戻って良いという様な意味合いのことを言われて、月森は勝手にそう解釈した。少なくとも、傍にいられて困るとは思っていないのだろう。それなら、このままもう少し傍にいたい。
「そっか。じゃあ、ちゃんと教員免許取って、八十神高校の教師にでもなろうかな」
「おぉ、センセイまじでセンセイやんのか、いいな!」
そうこう話している内に、合コンがあるという居酒屋に辿り着いた。普通の居酒屋よりも、どことなく女性向けと言うか、お洒落な雰囲気がある。陽介が先に入って、友人達に手を振った。
「遅くなってワリィ、で、月森、付いてきた」
「待ってたぜ、月森! 今日もお持ち帰りすんだろ?」
「なにバカ言ってんだ。行こうぜ、月森」
何度も合コンに来ているので、陽介の友人も月森のことは見知っていた。見ると、相手の女性陣も既に揃っている様である。
「おそーい、花村クン! 先飲んじゃおうって話してたんだよ!」
女性陣の中では比較的化粧の薄そうなセミロングヘアの子が、陽介の腕を掴んだ。合コンではそれなりに見掛けるので、流石にそれ位では苛立ったりしなかった。
「ごめんごめん、法学部の月森センセイを連れて来たんで、許して」
「きゃあっ、月森クン!?」
「嘘、本物?」
自分のイミテーション的な存在がいるのだろうかと思ったが、さして興味もなかったので、月森は笑みを浮かべるに留めた。相変わらず、と陽介の友人達からも溜息の様な声が上がる。
陽介が座った隣に腰を下ろし、遅れてきた2人共に、取り敢えず生中を頼む。それが届くと直ぐに乾杯となった。
「月森くんって、彼女いないってほんとー?」
「勉強しか興味ないって聞いたけど!」
「どういう子が好みなの?」
合コンの流れはいつも似通っている。まずは、女性陣からの質問攻めに合う。それに落ち着いて応対しながら、隣で友人達と酒を飲んでいる陽介に更に酒を勧める。酒が入ると鷹揚になるのか、陽介は渡されるままに酒を飲む。疑問に思わずに飲んでいく。それを横目で見ながら、適当に女の子達の会話に微笑みながら相槌を打つ。
「勉強しか興味がないって訳じゃないけど、……彼女はいないよ。好みはそうだな――いつも明るくて優しい子」
酒に弱い訳でもないが、強い訳でもない。陽介はビールを4、5杯飲むと、大抵眠そうに、机に顔をつけてうとうとする。
「あーあー、花村、また寝てんぞ」
ここまで酔わせるに、1時間弱。すよすよと可愛らしい寝息を立てかけたところで、月森は軽く頭を叩いて、帰るぞ、と声を掛ける。
「じゃあ、俺は陽介を家に連れて帰らないとならないから、帰るよ」
「えぇー! もう帰っちゃうの!?」
「良い奴等だから、俺が帰っても楽しく飲めるんじゃないかな。あ、これで足りる?」
合コンでは男子持ちが基本らしいと聞いているので、自分と陽介の分の倍額程度を渡すと、いつもワリィなぁ、とすんなり受け取って貰った。
「やーっぱお持ち帰りすんだな……」
「ほら、帰るぞ、陽介」
肩を貸すと、陽介は寝言の様な何かを呟いた。吐息が耳に掛かって、思わずどきりとする。月森が合コンに来て慣れないのは、実はこの瞬間だった。
流石に担いで戻れないので、途中でタクシーを拾い、アパートまで戻って、陽介を布団に寝かせる。ここまでが変わらない一連の流れだ。今日も問題なく陽介を持ち帰って来られたし、と安心しながら、月森はシャワーでも浴びようかと浴室に向かう。
(フレンチトーストは卵液に長く浸しておいた方が美味しいんだよな。出たら漬けておくか)
そんなことを考えていられるのが、月森のささやかな幸せなのだ。
*
(……やっぱり、なんか言ってやった方がいいのか? でもなんか、俺が気付いてないみたいに思ってるみたいだし、今更言われた方が気まずいか?)
酔って眠いながら陽介は半覚醒状態の頭でぼんやりと思う。
どの辺りから気付いていたのかと言われると、はっきりとは答え難いところなのだが、月森が陽介に必死と言っても過言ではない様な片思いをしているらしいことは勘付いていた。
(まぁ、いいか。言いたくなったら言うだろうし)
そう思いながら瞼を下ろす。
(あー明日のフレンチトースト、楽しみ……)
無為に片思いしてるだけの主人公楽しいよねっ!!!
良く思うのですが、大学生パロは割と好評なのでしょうか。こんな妙な話がランキング入りしてぎょっとしました。
天然鈍感な受けが好きっちゃ好きなんですが、陽介は真面目に鈍感ではないので、
気付いていて、でも隠してるみたいだからなぁといらん気を利かせてくれそうですね。
大学四年間くらいずっとこのままな気がします! 勇気ランク低い!