陽介はミーハーなところがある。アイドルのりせにはしゃいでしまうところもそうだし、服装も雑誌に出ているのがどうだとかチェックしているし、そして、限定という言葉に弱い。
「やーっぱあっちぃときは、アイスだよな!」
普段は甘い匂いを漂わせてシュークリームを販売している店舗だと思っていたが、最近ではクレープを売っていたり、夏だからかソフトクリームも販売しているらしい。ジュネスのフードコートにもソーダフロートなどが揃っているが、暑いのでフードコートに座って食べているのも億劫なのだ。冷えた専門店街の椅子に座って食べている方が納涼的に良いと考えたのである。ここのシュークリームは美味しい、と、陽介は我が事のように語ってくれた。ジュネスの店舗すべて、彼にとっては身内同然なのかも知れない。
「ソフトクリームはやっぱバニラ」
「俺は抹茶も好きだけど」
「そか? なくて残念だったな」
二人で同じ白いソフトクリームを並んで食べている。前の花屋さんでは向日葵がバケツに咲いていて、なるほど夏を感じられた。暑い。キンキンに冷えた店内でも、ガラス扉の向こう側を見れば、それだけでも暑さが伝わってくる。
「都会の夏と、どっちが暑い?」
「都会は……ビルの隙間が暑い。ビル風があるし」
「だな。後は、なんかこうじめっとしてる気ィする」
「こっちはからっとしてるな」
じわじわと容赦なく責め立ててくるような暑さは、それでも都会のヒートアイランド現象に比べれば、マシな方なのかも知れない。時折吹き抜ける風は予想以上に冷えていて、ホッと息をつくことが出来る。
「お前の部屋、クーラーないんだっけ」
「扇風機だけ」
「うわーつらッ……熱中症なるなよなー?」
「気を付けるよ。夜は涼しいし」
「つか、クーラーもなしに勉強とかできんの?」
夏休みの宿題とかさー、と陽介は嫌そうに眉を顰めた。
「いいこと考えた。なぁなぁ、俺の部屋で宿題やったらいんじゃね?」
「写すのはナシ」
「全部写したりはしねーって。半分ずつやればいいじゃん。半分こ。ほら、相棒コンビだし、俺ら二人で一つみたいな」
にこにこと陽介は笑う。
「――ベターハーフって言葉知ってる?」
「半分?」
陽介は上のクリーム(と呼称すべきであるかは分からないが、品名からするとクリームであるとしか言いようがないと思われる)部分を、あらかた食べ終えてコーンを上から齧っていた。
「自らより良い半身」
「あ、お前っぽい」
パリパリとコーンを食べながら、陽介は、左手でこちらを指差した。
「良いよ。手土産持って遊びに行くから」
「っしゃ! あとついでに、ワカンネーとこ教えてくれっとうれしいけどな、学年主席サマ」
「構わないよ。とりあえず一式持っていけば良い? 陽介の部屋に置いていっても構わない?」
「家で勉強とかしねーの?」
「ある程度はするけど、夏休みの宿題とは別だから」
肩を上げると、さすがだな、と陽介はこくこく頷いた。さすがと言われるほどに立派な動機があるわけではない。ある程度の勉強を熟すことは初めから出来た。都会の方が勉強の進度としては進んでいるし、稲羽市に来て最初のテストでは、学年で十位以内という、そこそこの成績を修められたが、決して飛び抜けて秀才だったからというわけではない。ただ、その時に陽介が、来たばかりですごいと褒めそやしてくれたのだ。この分なら、次は学年トップも狙えるのではないか、と。そう言ってくれたからというだけではないが、彼の言葉もやはり加味されて、月森は真面目に勉強したのだ。
(で、自分のことみたいに嬉しい)
次の試験の時期までには、陽介ともすっかり絆を深めていたし、彼が好きだという自覚も芽生えていた。試験結果が出たからと誘われて見に行った先で、狙った通りの成績を修められていたことは、喜怒哀楽の反応が薄いと言われがちな月森であっても、非常に嬉しかったし満足したものである。しかしそれと、彼との反応は必ずしも重なるものではない、とハタと気付いたところで横を見て、陽介が自分の成績もロクに確認せずに、満面の笑みでもって「自分のことみたいに嬉しいな!」なんて言ってくれるので、惚けてしまった。
「お前ゆっくり食うなぁ。普段は早いくせに」
「陽介は早いな」
彼の手にはもうコーンもない。
「溶けたらヤじゃん」
「涼を味わうものだろ?」
そりゃまぁ、と陽介は口篭った。そのまま天井を仰ぐ。
「カルピスシュー……?」
白地に青いドットの模様。上を見れば、馴染みのある飲料のパッケージと同じ色の垂れ幕が、風にはたはたと揺れている。
「期間限定――まー、夏じゃなきゃ、微妙だよな」
「食べたい?」
ソフトクリームのコーンはあまり好きではなかった。それを単体で食べるのが好きではないので、わざとクリームを下に押し込んで、残して食べるようにしている。陽介の言うように、溶けてしまったら手が汚れるので早く食べる方が良い手法ではあった。コーンの強度は弱くなっていく。手で押すと、ぺこりと凹んだ。慌てて残っている部分を口に放り込む。
「月森、カルピス好き? 飲む?」
「ジュースはそれほど飲まないけど、味は分かる」
「合うと思うか?」
「爽やかだと思う」
陽介はそれきり、期間限定の味のことは話題に出さなかった。クレープも高いけど美味しいということだけ教えてくれて、食べ終わったなら帰ろうぜ、と立ち上がる。
(ミーハーなんだと思うけど)
かと言って、欲しいものを欲しいとはっきり言うばかりでもない。女の子にナンパめいたことを言うときも、大概は本気でないから言えるのだ。けれど自分にくらいは、素直に言ってくれても良いのではないかと思う。だってこちらは分かってしまうのだ。ずっと見ているから、陽介が欲しいと思う物を、事を、分かってしまう。本気の友情みたいな青春的なことが欲しい、とか。
「夏の予定はなんかねーの? モテモテの相棒には」
「ないよ」
「即答すんなって、サビシーだろ」
硝子の扉を抜けると、むっとした熱い空気が充満しているようだった。外なのに開放感がない。思わず手を伸ばすと、隣の陽介が「暑いな」と笑った。
「今からウチ来る? お前んちで勉強道具回収して、んで、部屋でクーラーつけてさ」
「クマは?」
「今日は夜までバイトだから、邪魔もいねーよ」
邪魔か否かと問われれば、間違いなく邪魔なのかも知れない。陽介がクマを弟のように可愛がっているのは好ましいことだが、あまり密着するのは気になる。
「あちぃからまた、ホームランバーでも買って帰ってくるかもだな」
「陽介の分も?」
「まっさか!」
今日は手土産はないけれど、次に行くときはジュネスに寄って、陽介の気にしていたカルピスシューを買って持って行こうと思った。
(陽介のことだから分かるよ、って)
すごいな、と彼は笑うだけなのだろう。