「それじゃ、再会を祝して、かんぱーい!」
最初こそは、リーダーが音頭を、と言っていた流れだったのだが、いつの間にか、千枝が声を上げていた。グラスが高々と上げられて、カンカンと甲高い音が響く。
「おいリーダー、取られてんぞ」
「別に良いよ、そんなこと」
陽介が隣の月森にこっそりと言うと、彼は相変わらず済ました顔で生ジョッキを喉に流し込んでいた。そういえば、彼と酒を飲むのは初めてのことだ。
高校二年の終わり、月森は東京に戻った。イザナミも打ち倒して、全てを終えて別れて、あれからもう四年も経過している。陽介や千枝、雪子、完二は八十稲羽の大学に進学し、りせや直斗は関東の方で進学した。月森も、そのまま自宅の近くに進学したと聞いている。彼とも頻繁に会う訳でもないが、メールのやり取りは多いし、何より、距離があろうとなかろうと、互いに仲間だ、相棒だと感じている。それは、嘗ての自称特別捜査隊の皆が思っていることであって、だからこそ、こうしてふと集まっても、盛り上がれるのだ。
「雪子、飲み過ぎないでよね」
「らいじょうぶらって!」
乾杯の後にビールを一口飲んだだけだと言うのに、雪子の顔は既に紅く染まっている。千枝が額に手を当てて小さく唸った。
「あ、もうダメだ……」
「いちばん、りせちー! 飲み会のてーばん! 王様ゲーム、いっきまーす!」
完二を挟んだ二人の横で、りせが高く上げた腕に人差し指をピンと立てて、高らかに宣言する。こちらに至っては、まだジョッキに口をつけてすらいなかった。
「わわ、りせちゃん、それはダメだって言ったじゃないですか……!」
逆隣にいた直斗が慌てて腕を引く。
「いいねいいねー! やるよ、りせちゃん!」
「わ、ちょ、天城先輩、伸し掛からないでください!」
皆が成人したのを見計らって、飲み会という運びとなったのだが、陽介の見たところ、酒癖の悪さはどうやら、あの頃と変わらない様である。千枝が、完二を飛び越して奥にいるりせの方へ向かおうとする雪子を必死で押し留め、直斗がりせの手から割り箸を引っ手繰った。
「あ、こら、クマきち! 酒ダメだっつってんだろーが!」
陽介の右隣で、ビールを飲もうとするクマの頭にチョップを入れると、恨みがましい目がこちらを向いた。
「ヨースケ、しどいクマー! 皆して飲んでんのに、なーんでクマだけダメなのクマ!」
「お前の身体、どうなってんのかわかんねーし、身体だけ見たら、まだ四年製だろーが! あぶねっての」
オレンジジュースを頼んでいる様なお子様には、まだビールは早い。テレビの中でどう暮らしたにしても、クマの身体が生えてきたのは、あの夏の日だ。未成熟な身体にアルコールは良くないだろう。そう思って取り上げると、逆隣からはくす、と笑う声が聞こえた。
「陽介、まだクマの世話してるんだな」
「るせー。コイツ、いまだに俺んちによく来やがるんだよ。ったく、まじで家族気取りかよ」
しかも、陽介の母親も母親で、出自の危うい熊田を気に入ってしまっているのだ。うちの子に欲しいわ、等と頻繁に言っているが、陽介はぞっとしない。確かにクマは、ジュネスのバイト歴も長いし、社員にしてはどうかと父親も考えている様だが、履歴書の一枚も満足に作れないクマでは、中々難しそうだ。住まいは、未だにテレビの中だし。
「クマ、ヨースケの家族になっちゃった、クマ」
えへっ、と星でも飛ばしそうな勢いのクマの頭を、アホかと軽く叩いた。本気で家族に入ってきそうで、困っている。
「月森もなんとか言ってやってくれよ――」
そう言って振り向くと、月森の表情がほんの僅かにだが、陰っていた。昔には見たことのない陰鬱な表情は非常に珍しく、陽介はおやっと首を傾げる。
「月森、どうか」
「はなむらせんぱいならぁ、わかるよねっ! ほらほら、おうさまげーむ!」
尋ねようとした声は、りせの甲高い声に掻き消された。
「うわ、ちょっ、りせ! いっくら貸切ったってな、あんまり大声出すと、近所で噂になっちまうだろーが!」
東京でまたアイドルに復帰したりせは、以前と同じ、明るくて華やかなりせちーとして、再び世間を席巻している。勿論、明るいだけが彼女ではないのだろうが、世間に見せる『りせちー』はそれで良いのだ、と彼女は語っていた。夢を見せるのがアイドルだから、と。素の自分を、全ての人に知って貰う必要はないと考え直したのだそうだ。だから、仲間内での久慈川りせはこれでも構わないのだが、アイドルとしての彼女の理想像が崩れるのは些か問題である。陽介が案じても、テーブルから身を乗り出しているりせは「だぁいじょうぶだってばー!」としか言わない。酔っている人間の言葉は、勿論、アテにならない。
「だいたい、王様ゲームには嫌な記憶しかねーんだよ! 今、思い出してもサムイ……」
「あぁ、俺と陽介が肩車したっけか」
「冷静に思い出すなっつーの!」
「……先輩らは、まだいい方っスよ……」
完二が絶望的に言うので、思わず月森と二人で顔を見合わせた。ついつい笑ってしまったが、彼には同情する。完二を絶望に叩き落とした張本人は、皆が会話と酒に夢中な中、空気を読まずに皿の食べ物に夢中になっていた。サラダを箸で山の様に盛っているので、盛り過ぎだろ、と突っ込んでしまった。
「あーもう、とにかく、酔っ払ったお前らの発言は聞かねーからな! 里中、直斗、ちゃんと見とけ!」
「って言われても、こうなった雪子をアタシに止められるかー!」
「僕にもちょっと、荷が重すぎます……」
千枝は雪子と、直斗はりせと、各々同じ大学に行っている位なのだから、飲み会での扱いは心得ているだろうと思ったが、見込みが違ったらしい。若しくは二人の相乗効果なのだろうか。はぁと溜息を吐くと、左肩をつんつんとつつかれた。
「相変わらずだな」
「だな」
月森は余裕の笑顔を浮かべている。濃いメンバーを、纏めずに流すのが、我等がリーダーの方針だ。勢い、陽介ばかりが疲れている様な気がするが、懐かしい疲労感というものもあるのだな、と実感する。
(さっきのは――見間違いか?)
一瞬だけ浮かんだ陰のある顔を思い出して、しかし気の所為だろうと首を振った。
「陽介、もう良いよ。成り行きに任せよう」
「ま……、お前がそう言うんなら」
にこりと笑いながら、月森は頷いた。二杯目のジョッキを頼んでいる様だが、顔は赤くなっていない。余り表情には出ない方なのか、酔わない体質なのか。何となく、後者の様な気がした。残っていたビールを飲み干して、陽介ももう一杯と手を上げる。完二が便乗して、俺も、と手を上げた。
「陽介、お酒は強いんだ」
「まぁな。サークルとかでも結構飲まされるし」
大学生なんて、暇を見つければお酒を飲む生き物だ。そろそろ就職活動がどうだとかで、自粛傾向にはあるものの、やれ親睦会だの忘年会に新年会と節目のみならず、大した理由がなくとも飲み会が行われる。その中では、陽介は酒に強い方だった。そもそも、ムードメーカーであることを自認し、また、空気が読める男を自称している。酔って我をなくす様な醜態は、避けて通りたいと思っているのだ。これには、高校時代のトラウマ的な記憶が深く関与しているのかも知れないが、兎も角、酔い潰れたことは一度もない。誰かを引き摺って帰ることも少なくはない。
「で、こうやって、仕切って?」
「おう。そんで、でしゃばんな花村ーって怒られてな」
片目を瞑って言うと、月森がまた笑った。
「……合コンとか?」
「んー、そういうのは、あんまねぇな。っつか、聞いてくれよ、相棒! 俺のこと呼んでくれるヤツがいねーの!」
腕を目に当てて、泣き真似の様なポーズを取ると、月森は「ご愁傷様」と背を撫でた。
「陽介がいると、場の空気が全部持って行かれるからじゃないか?」
「それ、褒め言葉?」
顔を上げると、月森は微笑して頷く。
「あぁ、褒めてる。陽介はムードメーカーだなって、昔から思ってた」
自認しているとは言えども、他人にストレートに言われて、ドキッとした。普段はクールな癖に、落とし所できっちりと落としてくるのが、月森だ。照れんだろーが! と、思わず陽介は、自分よりも広い背中を叩いた。ジャケットを脱いだ昔と変わらない黒シャツは、皺の一つも見当たらない位にぴしっと決まっている。モノトーンの服装は変わらない。陽介も、昔から変わらないと溜息混じりに言われることもあるが、最近は成人したことだし、多少は落ち着いた装いにしているつもりだ。
「そういうセンセイこそ、合コンには誘われなさそうだな。お前いると、女子全部取られちまうだろ?」
「そういうことはないと思うけど、確かに、呼ばれたことはないな」
何だかんだで真面目な顔をしているし、呼び難いということもあるだろうが、陽介でも月森はちょっと誘いたくない。そうする位なら、二人きりで飲む方が楽しいだろうという気持ちもある。今日の様に、ワイワイと楽しむのも悪くはないが、二人で静かにというのも、選択肢としては悪くない様に思われた。
「誘っても、面白みがないからだろ」
「なに言ってんだよ! ったく、謙遜は行き過ぎると嫌味になるぜ?」
「本当の話。だって、俺、付き合う気ないって周りに知られてるから」
「へ……?」
何だそりゃ、と首を傾げると、月森は渡されたジョッキを口に運んだ。
「だから俺だって、好きでこんな顔してるわけじゃねーんだっての! なのに……なのによぉぉ……」
「まーまー、完二くんはいい子だって、アタシら知ってるじゃん」
「アハハハハハハハハ! 完二くん、まだヤンキーって言われてる! ぶふっ、ふふふふふふっ、アハハハハッ」
「ところでさ、最近また新しい成龍伝説のシリーズが出ててさ」
「はーい、りせがおうさまねー! じゃあー1番に王様が抱き着く! なおとくーん!」
「りっせちゃーん、クマに抱き着いてもいいクマよ!」
「ろうせ、おれなんてよぉ!」
「アハハハハハハ」
「……カオスだ……」
聞こえてくる会話に耳を澄ませると、その余りの混沌ぶりに、陽介は肩を落とした。
「やっぱ、飲み会はナシだったか?」
「どうだろうな」
まともに会話出来るのは月森位の様だった。完二はどうやら泣き上戸で、千枝は相手の話を聞いていると思えば、途中で自分の会話がスタートする。雪子はやはり笑い上戸で、りせとクマの相手を直斗があたふたと見ていた。
飲み会を提案したのは、陽介だ。漸く皆が成人した(クマは成人という括りに入れられないので無視している)のだし、やはり酒が入った方が盛り上がると思ったのである。実際に、笑い声等々が絶えないという意味では、盛り上がっている。大盛り上がりだ。しかし、やはり、飲み会の性とでも言うのか、真っ当な会話はどうにも期待が出来なくなってしまったらしい。
「ったく、近況報告もできやしねーの」
「とか言って、陽介も楽しそうだな」
「まぁ、そりゃ……久々だし」
飲み会には良く行く。大学の友人ともあるし、サークルやゼミでの飲み会、教授に誘われることもある。陽介とは飲み易い、と言われる辺り、便利屋的な部分もあるのだろう。飲み過ぎて酔い潰れることがないし、潰れた友人の介抱も大抵、陽介の役目だ。放っておけない世話焼き、悪く言えばお節介が生かされるのは何よりだと言えるかも知れない。酒を飲む機会は多いが、しかし気の置けない友人ばかりとは限らないのだ。前述の通り、教授と、であれば、当然に気を使うし、サークルだって上下関係がある。ゼミでは勉強の話が始まることがあって辟易したりもするし、男女揃えば恋愛問題にも屡々発展した。
(煩わしいことがないってのもそうだけど)
うーん、と考える。
「やっぱさ、コイツらとって、一番落ち着くわ。お前もいるし」
相棒と呼び合った仲は、伊達ではないと思う。離れて長いし、こうして顔を合わせて会話するのだって久しぶりだ。けれども、月森以上の友人はいないことを陽介は確信している。彼は特別だ。あの頃そう言った通りのままで、ずっと心に残っている。願わくは、月森にとっても、未だ、相棒であれば良い。
「お前と飲めるのが嬉しいんだ、相棒」
お前はどうなんだ、と窺う様に瞳を見た。月森の視線は昔と同じ、冴え渡る月の光の如くに真っ直ぐで冷ややか。
「俺も嬉しいよ」
月森はふっと呟くと、急に陽介の腕を掴んだ。
「ちょっと外で一服したいから、陽介も付き合って」
「お前、煙草なんて吸うの?」
「嗜む程度に」
「へぇ、意外」
「ここ、煩いからさ」
腕を引かれて、言われるままに立ち上がった。勝手に盛り上がっている他の面々は、気付かないか、気付いても連れ立つ二人の存在なんて、あっさりと流してしまう。左にいた陽介が立った瞬間、クマがチャンスを狙っていたかの様に、陽介のジョッキに手を伸ばした。こら、と言おうかと思ったが、もう面倒になってしまった。クマの身体は現代医学でも判明しないが、今までに病気をしたこともない。案外、自分よりもずっと丈夫に出来ているのかも知れなかった。
店の人にちょっと、と煙草を月森が見せて、手を引かれるまま、自動ドアの向こうに出る。瞬間に冷気が全身を襲ったと思えば、腕から手を離した月森が陽介のジャケットを投げて寄越してくれた。相変わらず、気の利いた友人だな、と思う。
「なに吸うの?」
「ケントのロング」
黒いジャケットのポケットからは、白いパッケージが出てきた。開けてない物らしく、ぺりぺりと長い指がビニールを剥がしている。
(爪の形、キレーだな)
まじまじと見たのは、初めてかも知れない。傍にいたのに、知らないことも多いのだろう。
「ふーん……」
「煙草、分かるの?」
「いや、全然」
「陽介って、真面目だよな」
ふ、と月森が笑う。
「吸う機会がなかっただけだっての。……オイシーの?」
「吸ってみる?」
少し挑戦的に月森の瞳が光った。ん、と渡された一本を何となしに受け取って、陽介は少し逡巡する。月森は煙草を咥えただけで、火をつけずにぼんやりとしていた。ライターでも持っていれば、はいどうぞと火をつけてあげるのかも知れないが、生憎、吸わないので持ち歩きしていない。それにしても、煙草を咥えて佇むだけで絵になるシルエットは、何年見続けても、羨ましい限りだった。敵う気がしないと思う。けれどそれで良いと、素直に認められてしまうのだ。
(月森だし)
「寒くね?」
手を擦り合わせると、また月森は笑う。
「寒いな」
「お前も、酒、強いんだな」
意外じゃねぇけど、と笑うと、良く言われる、と返ってきた。手袋をつけていない指先が冷えて悴む。煙草を咥えてみた。煙っぽい匂いが少しだけ鼻をつく。
「でも酔ってるかも」
言いながら、月森はこちらに振り向いた。陽介が咥えていた煙草をスイ、と抜き取る。
「やっぱり、陽介には合わない」
「るせ。月森センセイにはお似合いですよ」
元々が気障ったらしい外見をしている。それが煙草に眼鏡で、イケメン度が五割増しになっていた。視力が落ちてきたから、と言っていたが、昔と同じ黒縁の眼鏡には、何となくかつての面影を揺らして見せている様に思える。火をつけないままで煙草は口から離れて、月森は空を仰いだ。釣られて視線を上げると、冬空には星が燦々と輝いている。陽介にも分かるのはオリオン座位だったが、不意に、都会の空では星が見られないなんてことを思い出した。
「陽介、……忘れられない想いって、あると思う?」
「なに、いきなりロマンチックな発言」
酔っているのかと思ったが、月森の横顔からは判別出来なかった。
「んー、何となく」
「酔ってんのか?」
「どうかな」
「忘れられない想い、か――」
陽介も空を仰いで、その昔、好きだった人のことを思い出してみる。月森と共に戦った日々の、始点。全ての始まりの様な死。
「ないと思うぜ。つぅか、忘れるのが、普通だろ?」
「小西先輩のこと?」
「なんだよ、分かってて聞くなっての。忘れたってワケじゃねぇけど、そのことに拘るのが人生じゃないって、俺は思う」
手を伸ばしたら星に届きそうだった。星が、落ちてくる様に思えた。掴める筈ないのに。何光年も遠くに離れていることを、分かっている。子供ではないのだから。
「正しいと思うよ」
陽介が振り向くと、苦そうな表情で月森は笑った。
「……なんか、あったのか?」
月森は小さく首を振る。見間違いかとも思ったが、先程は少し沈んだ表情を見せていたし、妙な言動もあったことを思い出す。
『俺、付き合う気ないって周りに知られてるから』
最初に聞いた時には、発言として妙だとは思ったが、将来を約束した恋人でもいるのだろうかと考えをシフトさせた。そうすれば、合コンに行っても仕方がないということはあるだろう。もしそういう相手がいるのなら、羨ましい。
(もしかして、忘れられない子がいる、とか?)
そうだとしたら、先程の言葉は不適切だった、ということになる。忘れられないと言っているのに、忘れるべきだとでも言う様な発言は、良くないだろう。陽介は思案した。確かに、死んだ彼女のことを、いつまでも未練の様に引き摺ることが正しいとばかり思うことはない。現在の陽介に恋人はいないが、それは決して、彼女への愛に殉じた等と言うことはないだろう。単に、縁がなかったというだけだ。けれど、愛を貫くというのならば、それも一つの選択だし、好きな人の幸せを見ているだけでも報われる、という恋愛があって可笑しいということもないだろう。
「え、と……まぁ、一途な愛ってのも、俺的にはアリだと思うぜ?」
焦った様に言ったので、不審に思われたかも知れない。無理なフォローだっただろうかと陽介が内心で冷や汗をかいていると、月森は無表情でこくりと頷いた。
「陽介的……に?」
「そーそー。ずっと見てました、なんて言われたら、キュンとしちゃうだろ? だからさ、無理に忘れることねぇって」
「アリ、か」
先程、無表情だった月森が、突然身体をくの字にした。何事かと思って、ぎょっとして見ていると、身体が徐々に震え出す。
「っははははは! そう、か。それもそうだな」
そして、行成、笑い出したので、陽介はたじろいだ。まさか、月森が酒に酔って大笑いするとは思わなかった。やっぱり酔ってんのか、と陽介が恐恐尋ねると、そうかも、と笑いながら返事が戻ってくる。
「陽介、今、恋人いる?」
「へ……? なんだよ、急に。いねーよ。だってのに、合コンにもちっとも呼ばれねぇし」
「そうか。それは良かった」
「よかったってお前……よくねーよ! そりゃ、月森にすりゃ、んなことどうで、も……」
突然、左の手首を掴まれた。ぎょっとしている間に、もう片方も掴まれる。
「俺って、煙草、吸わないんだよね」
「は、はぁ? や、だって、さっき、煙草……」
「陽介を連れ出す口実。お酒に弱ければ、もっと誘い易かったんだけど――」
言いながら端正な顔が近付いてくるので、陽介は慌てた。脳はパニックを起こしている。
(睫毛長っ、って、違うし。え、なにこれ? なに?)
「お、ま……あ、酔ってる、のか……?」
「そう。酔ってる。そういうことにでもしないと、勢いがつかないんだ。好きだよ、陽介」
直後に口付けされて、咄嗟に反応が出来なかった。脳の処理が身体の反応に追い付かない。二度、三度とされる内に、段々と抵抗する意識が奪われていく。酒に酔わないと言っても、脳が僅かに麻痺していることは否めない。
(好き――?)
酒が好き。甘い物が好き。女の子が好き。春が好き。夏が好き。冬が好き。頭の中で、様々に駆け巡る。
「ずっと、見てたんだ」
吐息が鼓膜を揺らす。
「なぁ、酔ってるってことで構わないから」
ぽつりと耳に落とされた響きに、陽介は完全に抗うことを止めた。冷えた空気の中、また重なった唇の温度だけが温かいのを知覚する。
月森がここにくるまでずっと片思いしてるの萌え
でもやる気出せば3秒で落とせる主花萌え